大阪府の主要大名


   大阪府は古く、北部は津の国と呼ばれ、7世紀後半から摂津職が置かれ、難波宮の廃止により国司の統治となりました。東部・南部は凡河内国造が存在しましたが、大化の改新で河内国となりました。716年、河内に和泉監が成立、740年に廃止されましたが、757年には和泉国として分立しました。『延喜式』では摂津は13郡(後代12郡)、河内は14郡(後代16郡)、和泉は3郡(後代4郡)。平安朝期には数多くの荘園が混在していました。鎌倉期の守護は中期以降、三国とも北条一門が占めました。南北朝期には南朝方の楠木家に対して北朝方の高・畠山・細川・赤松などの諸勢力が対峙し、室町幕府の安定化に伴い、摂津・和泉は細川一門、河内は畠山家が守護職を世襲します。戦国期には阿波の三好家の勢力が三国に浸透し、また浄土真宗の石山本願寺や、自由貿易都市堺も独自の地位を保ちました。織田信長が畿内に進出すると本願寺や堺をも制圧し、豊臣秀吉は大坂を居城として三国の大部分を直轄支配しました。1615年に豊臣家が滅亡すると、江戸幕府の大坂城代・堺奉行が置かれ、中期以降、摂津東部には3藩、河内には2藩、和泉に2藩が存在、他の大名領・旗本領も混在しました。1871年の廃藩置県により、摂津7県は大阪府、河内・和泉は堺県となり、1876年に堺県が奈良県を合併、1881年に大阪府が堺県を合併しましたが、1887年に旧大和国が奈良県として分置されたので、現在の府域が確定しました。

 河内守護職   和泉守護職   摂津守護職   畠山(尾州)家=河内守護   細川(惣領)家=摂津守護   細川(刑部)家=和泉半国守護   細川(阿波守)家=和泉半国守護   細川(典厩)家=西成郡守護   能勢家   遊佐家   池田家   中川家   高山家   石山本願寺   岸和田藩   麻田藩=青木家   味舌藩   陶器藩   狭山藩=北条家   高槻藩   大坂城代   丹南藩=高木家   伯太藩=渡辺家   西代藩   吉見藩=遠藤家   


河内守護職(室町時代。1382年以前)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
細川 顕氏 兵部少輔・陸奥守 1336-47
高 師泰 越後守 1347-49
高 師直 武蔵守 1349/50-51
高 師秀 越後刑部丞 1352前-53後
畠山 国清 修理権大夫・阿波守・阿波入道 道誓 1359前-61
楠木 正儀 左兵衛督・中務大輔 1369-82
(以後は畠山家を参照)   


和泉守護職(室町時代。1408年以前)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
畠山 国清 左近大夫将監 1336-37
細川 顕氏 兵部少輔・陸奥守 1337-47
高 師泰 越後守 1347-49
畠山 国清 左近大夫将監 道誓 1349-51
細川 顕氏 兵部少輔・陸奥守 1351-52
細川 業氏 陸奥八郎四郎・兵部大輔 1352-60後
楠木 正儀 左兵衛督・中務大輔 1369-78
山名 氏清 陸奥守 1378-91
大内 義弘 左京権大夫 1392-99
仁木 義員 兵部少輔 1400-03後
奥 御賀丸 (後、帥法印) 1407-08
(以後は細川=刑部家、および細川=兵部家を参照)


摂津守護職(室町時代。1382年以前)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
赤松 範資 美作権守 世範 1336?-39
仁木 義有 弥太郎 1339-? 国大将
赤松 範資 美作権守 世範 1339/40-51
赤松 光範 信濃二郎左衛門尉 1352前後
赤松 則祐 帥律師 則祐 1353-55後 西半国守護
細川 繁氏 式部大夫 1353-54 東半国守護
赤松 光範 信濃二郎左衛門尉・信濃大夫判官・左衛門少尉 1354前-60 西半国守護
京極 高氏 佐渡大夫判官入道 導誉 1360-62
赤松 則祐 帥律師 1362-?
赤松 光範 信濃大夫判官 1363-66
1366-73後
細川 頼元 右馬助・右京大夫 1373/4-79
渋川 満頼 長寿王丸・武蔵次郎 1379-82
(以後は細川=京兆家の欄を参照)


畠山(尾州)家=河内守護

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
畠山 貞国 従五位下
阿波守
次郎
式部大夫
民部丞
畠山国氏男 男衾郡畠山
(武蔵)周辺?
畠山 家国 従五位下
尾張守
西蓮 治部大夫
式部丞
貞国男 1335
畠山 国清 正五位下
阿波守
道誓 次郎
左京大夫
左近大夫将監
修理権大夫
家国長男 1363? 未詳 1336-37,1349-51
和泉・紀伊守護
1359前-61
河内・伊豆・武蔵守護
畠山 義深 従五位下
尾張守
増福寺 三郎 家国二男 ?-1379 1379 未詳 1366-79
越前守護
畠山 基国 右衛門督 長禅寺
春岩徳元
三郎
右衛門権佐
義深長男 1379-1406 1406(54) 河内国内ほか 管領
侍所頭人
1379越前守護
1379-1406
越中守護
1382-1406
河内守護
1391前-1406
能登守護
1399-1406
紀伊守護
畠山 満慶 修理大夫 勝禅寺
真源道祐
満則
左馬助
基国二男 1406-08 1432(61) 1406-08
河内・越中・紀伊守護
1408家督を兄・
満家に譲る
1406-32
能登守護
畠山 満家 従三位
左衛門督
真観寺
道端
尾張守 基国長男 1408-33 1433(62) 管領
河内・越中・紀伊守護
畠山 持国 従三位
左衛門督
光孝寺
立源徳本
尾張守 満家長男 1433-41 河内・越中・紀伊守護
畠山 持永 左馬助 満家二男 1441 1441 河内・越中・紀伊守護
畠山 持国
(再承)
1441-55 1455(59) 管領
河内・越中・紀伊守護
畠山 義就 伊予守 宝泉寺 次郎
義夏
右衛門佐
持国長男 1455-60 河内・越中・紀伊守護
畠山 政長 従四位下
左衛門督
実隆寺 次郎
尾張守
弾正少弼
畠山持富
(満家三男)
二男
1460-67 河内・越中・紀伊守護
畠山 義就
(再承)
1467 河内・越中・紀伊守護
畠山 政長 1467-93 1493(52) 京極持清女 管領
河内・越中・紀伊守護
畠山 義就
(対立)
1477-90 1490
高屋城(河内)
1477以降
河内を実力で支配
畠山 義豊 弾正少弼 善応寺 基家
次郎
上総介
義就二男 1490-99 1499 河内を実力で支配
1493-99
河内・紀伊守護
畠山 義英 上総介 善音寺 次郎 義豊長男 1499-1506 1522? 1499-1506
河内・紀伊守護
畠山 尚順 従五位下
尾張守
勝仙院
竜源徳陽
尚慶
尚長
卜山
政長長男 1506-17 1522(48) 1493-1522
越中守護
1507-17
河内・紀伊守護
畠山 稙長 尾張守 大和寺
覚源悟公
稙家
次郎
右衛門佐
尚順長男 1517-34 1517-45
紀伊守護
1521前-34
河内守護
畠山 長経 左京大夫 尚順二男 1534-? 1534-?
河内守護
畠山 晴煕 伊予守 四郎 尚順五男
畠山 弥九郎 出自未詳 1538-41 河内守護
畠山 稙長
(再承)
1541-45 1545 河内守護
畠山 政国 尾張守 浚昌院
花国宗貞
三郎 尚順三男 1545-50 1550?
畠山 高政 尾張守 多宝寺
高旭空林
二郎
修理亮
紀伊守
播磨守
政国長男 1550?-65 1576(50)
畠山 秋高 右衛門督 釈迦寺
高源道看
政頼
昭高
小二郎
左衛門尉
政国三男 1565-73 1573(40?) 織田信長養女
1573滅亡
織田家被官
畠山政信(秋高の甥・貞政の長男)が1624年、江戸幕府から摂津国内300石を知行、後代5,000石に加増され高家として存続。


細川(惣領)家=摂津守護

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
細川 義季 二郎 広沢義実二男 13C前半 額田郡細川邑
(三河)
細川 俊氏 八郎 頼西 義季六男
(実は孫)
細川 公頼 八郎太郎 景徳院
頼仏
俊氏長男
細川 和氏 阿波守 補陀寺
道倫竹渓
弥八 公頼長男 ?-1342 1342(47) 侍所頭人
1340頃
阿波守護
細川 清氏 従四位下
相模守
元氏
弥八
左近将監
阿波守
和氏長男 1342-62 1362
1362南朝方に
属して戦死
1352頃
伊賀守護
1354-61
若狭守護
(頼春系→細川京兆家)
細川 頼春 刑部大輔 光勝院
宝洲祐繁
源九郎
讃岐守
公頼二男 1352(54) 阿波国内 侍所頭人
1335-36
日向守護
1340-49
備後守護
1341-52
阿波・伊予守護
細川 頼之 従四位下
武蔵守
永泰院
桂岩常久
弥九郎
右馬助
右馬頭
頼春長男 1362-92 1392(64)
1362従兄・清氏
を破り、惣領家
となる
管領
1352-72
阿波守護
1354-79
伊予守護
1356-62
備中守護
1359-92
讃岐・土佐守護
1390-92
備後守護
細川 頼元 従四位下
右京大夫
妙観院
春林梵栄
頼基
聡明丸
五郎
右馬助
頼春四男 1392-97 1397(55) 赤松則祐女
阿波・摂津国内
管領
1374前-79,83?-97
摂津守護
1392-97
讃岐・土佐・丹波守護
1392-94
安芸守護
細川 満元 従四位下
右京大夫
岩栖院
悦道道歓
満基
聡明丸
五郎
右馬助
頼元長男 1397-1426 1426(49) 管領
摂津・丹波・讃岐・
土佐守護
細川 持元 右京大夫 性智院
玉峰常秀
聡明丸
五郎
右馬助
武蔵守
満元長男 1426-29 1429(31) 摂津・丹波・讃岐・
土佐守護
細川 持之 従四位下
右京大夫
弘源寺
春岳常喜
九郎
中務少輔
満元二男 1429-42 1442(43) 管領
摂津・丹波・讃岐・
土佐守護
細川 勝元 従四位下
右京大夫
竜安寺
宗宝仁栄
聡明丸
六郎
武蔵守
持之長男 1442-73 1473(44) 山名持豊女 管領
摂津・丹波・讃岐・
土佐守護
細川 政元 従四位下
右京大夫
大心院
雲関宗興
聡明丸
九郎
武蔵守
勝元長男 1473-1507 1507(42) 管領
摂津・丹波・讃岐・
土佐守護
細川 澄之 九郎 聡明丸 九条政基男 1507 1507(19) 管領
摂津・丹波・讃岐・
土佐守護
細川 澄元 右京大夫 真乗院
安栄道泰
六郎 細川義春男 1507-08 管領
摂津・丹波・讃岐・
土佐守護
細川 高国 従四位下
武蔵守
三友院
松岳常桓
道永
六郎
右京大夫
細川政春男 1508-20
芥川城(摂津)
ほか複数拠点
管領
摂津・丹波・讃岐・
土佐守護
細川 澄元
(再承)
1520 1520(32) 摂津・丹波守護
細川 高国
(再承)
1520-25 管領
摂津・丹波守護
細川 稙国 六郎 清源院
了然宗廓
高国長男 1525 1525(18?) 摂津・丹波守護
細川 高国
(再承)
1525-31 1531(48) 管領
摂津・丹波守護
細川 晴元 従四位下
右京大夫
竜昇院
一清心月
六郎 澄元長男 1520-49
(1531まで
は対立)
1563(50) 三条公頼女
六角定頼女
管領
摂津・丹波守護
細川 氏綱 右京大夫 見桃院
悟峯勤公
二郎 細川尹賢男
高国養子
1552-63 1563
1563事実上
大名として終焉
管領
摂津・丹波守護
細川 昭元 正五位上
右京大夫
大竜院
英豪清雄
信元
信良
聡明丸
六郎
晴元長男 (1563-92) 1592
(織田信秀女)
家督のみで
実質的な領地
を支配せず
織田家被官
細川 元勝 従四位下
侍従
讃岐守
旭照院
高慰顕宗
頼範
六郎
讃岐守
昭元長男 (1592-1628) 1628 知行5,000石
1600改易
豊臣家臣
宍戸藩秋田家の
客分となり
子孫は三春藩士


細川(刑部)家=和泉半国守護

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
細川 頼有 右馬頭 勝妙院
無敵通勝
十郎
掃部助
宮内少輔
細川頼春二男 1352-91 1391(60) 阿波・讃岐・
伊予国内
細川 頼長 刑部大輔 薦福院
徳巌常全
松法師
九郎
頼有二男 1391-1411 1411(37)
和泉国内に
拠点保有
1392-1400
備後半国守護
1400-02
土佐半国守護
1408-11
和泉半国守護
細川 持有 刑部少輔 最勝院
心伝常紹
九郎 頼長長男 1411-38 1438(44) 和泉半国守護
細川 教春 刑部大輔 等観寺
誓翁道弘
九郎 持有長男 1438-50 1450(28) 和泉半国守護
細川 常有 播磨守 瑞高寺
春岳通泰
弥九郎
刑部少輔
持有二男 1450-80 1480(57) 和泉半国守護
細川 政有 刑部少輔 慈勝院
大隆通賢
頼次
五郎
常有二男 1480-81 1481(33) 和泉半国守護
細川 元有 刑部少輔 善法寺
雪渓源猷
五郎 政有長男 1481-1500 1500(42) 三淵晴貞女 和泉半国守護
細川 元常 播磨守 仏恩院
実翁通真
十郎
五郎
右馬助
刑部大輔
右馬頭
元有長男 1500-27前 和泉半国守護
細川 晴貞 五郎 元常二男 1527前-50後 和泉半国守護
細川 元常
(再承)
1550後-54 1554(73)
和泉支配終焉
和泉半国守護
長岡 藤孝 従四位下
侍従
兵部大輔
二位法印
万吉
与一郎
三淵晴員
(元有二男)
二男
1554-82 1610(77) 麝香
(沼田光兼女)
幕臣
1568勝竜寺城
(山城)安堵
1580宮津城
(丹後)転封
1573称長岡


細川(阿波守)家=和泉半国守護

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
細川 基之 阿波守 弥九郎
兵部大輔
細川満之男
細川頼之猶子
1448 阿波国内等? 1392-1400
備後半国守護
1400-02
土佐半国守護
1408-48
和泉半国守護
細川 頼久 阿波守 兵部少輔 基之男 和泉半国守護?
細川 持久 阿波守 民部大輔 頼久男 1448後-83後 和泉半国守護
細川 勝信 阿波守 民部大輔 持久男 1487前-95後 和泉半国守護
細川 政久 民部大輔 弥九郎 勝信男 1500前-08後 和泉半国守護
細川 高基 九郎 細川春倶男 1523頃 (阿波守家を
継がず?)
和泉半国守護


細川(典厩)家=西成郡守護

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
細川 持賢 従四位下
右馬頭
崇禅寺
芳門道賢
弥九郎 細川満元三男 ?-1468 1468 西成郡内(摂津)? 1441-68
西成郡守護
細川 政国 右馬頭 禅昌院
大幢道勝
元国
六郎
中務少輔
細川持春男 1468-95 1495(68) 1468-82,86-95
西成郡守護
細川 政賢 右馬助 長慶院
天輝照公
細川和泉守
(?)の男
1495-1511 1511 1495-1508
西成郡守護
細川 尹賢 右馬頭 桂芳院
江月光雲
尹元 細川春倶男 1511-31 1531
細川 藤賢 右馬頭 春光院
清月宗円
四郎 尹賢男 1590(74)
所領未詳
織田家臣


能勢家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
能勢 国基 従五位下
右兵衛尉
国光 源国直二男 1185前-? 田尻荘(摂津)
能勢 国能 判官代 国基男
能勢 保頼 蔵人 康頼 国能男
能勢 頼定 従四位下
皇太后宮大進
上西門院蔵人 保頼男
能勢 頼仲 上西門院判官代 定善 頼定男 1231-68
能勢 長頼 判官代太郎 頼仲男
能勢 頼任 判官代 長頼男
能勢 頼連 判官代 蓮阿弥 頼任男 1327-?
能勢丸山城(摂津)
能勢 頼澄 下野守 常存 頼連男 1352頃
能勢 頼時 下野守 太郎 頼澄男 1408-?
能勢 之頼 下野守 太郎 頼時長男
能勢 元頼 弥太郎 之頼男 1471-?
能勢 頼勝 因幡守 頼則
頼豊
十郎
源次郎
源左衛門尉
能勢頼弘
(頼時二男)二男
1511前-16 1516
能勢 頼明 従五位下
因幡守
閑笑斎
日東
源五郎
源左衛門尉
頼勝二男 1516-? 1567(84)
能勢 頼幸 源太郎 日順 左近 頼明長男 ?-1572 1572(42)
能勢 頼道 十郎兵衛 宗清 頼幸長男 1572-80 1580
能勢 頼次 従五位下
摂津守
日輝 竹童丸
助十郎
惣右衛門
伊予守
頼幸三男 1580-1621 1626(65)
能勢郡内安堵
1600加増
3,000石
1615加増
5,300石
能勢頼重(頼次長男)以後3,000石、後代4,000石の旗本として存続。


遊佐家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
遊佐 長護 河内守 出羽飽海郡国人 1382頃 河内国内? 河内守護代
(途中未詳)
遊佐 国助 長護孫? 1360頃 山城守護代
遊佐 長直 河内守 長護裔 ↓(対立?) 河内守護代
遊佐 順盛 河内守 印叟 国助男? 1491前-1511 1511 若江城(河内)
遊佐 長教 河内守 順盛男 1511-50 1550 河内守護代
遊佐 信教 河内守 新次郎 長教男 1550-73
1573失領
消息未詳
河内守護代


池田家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
池田 親政 弾正蔵人 出自未詳 1363頃 豊島郡池田荘(摂津)
(途中未詳)
池田 充政 筑後守 親政裔 1443前-82 1482
池田城
池田 貞正 筑後守 民部丞 充政男 1482-1508 1508
1508落城、中絶
池田 信正 筑後守 久宗
三郎五郎
貞正男 1508-48 1548 1519所領回復
一時喪失、復旧
池田城
池田 長正 筑後守 弥太郎
兵衛尉
信正男 1548-63 1563
池田 勝正 筑後守 八郎三郎
民部大輔
長正長男 1563-70
池田 知正 備後守 重成
久左衛門
民部丞
長正二男 1570-1603 1603
1579?失領
後、豊島郡内
5,000石
池田 三九郎 池田重信男 1604-05 1605(17)
池田 重信 従五位下
備後守
光重
弥右衛門
長正三男
三九郎父
1605-14 1628
1614家中不取締
のため改易


中川家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
中川 清村 左衛門尉 多田源氏後裔? 豊島郡中川(摂津)
中川 重清 佐渡守 高山重利二男 清村女
中川 清秀 瀬兵衛 浄光院
行誉荘岳
虎之助 重清長男 ?-1583 1583(42) 熊田宗白女 1572茨木城(摂津)
60,000石
中川 秀政 従五位下
右衛門大夫
藤兵衛 清秀長男 1583-93 1593(25)
(織田信長女)

1585三木城(播磨)
70,000石


高山家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
高山 重利 石見守 常陸高山一族? 島下郡高山(摂津)
高山 友照 飛騨守 ダリヨ(霊名) 図書 重利長男 ?-1573後 1595 マリア
(出自未詳)

1573高槻城(摂津)
20,000石
高山 重友 右近大夫 ジュスト(霊名) 長房
友祥
彦五郎
大蔵少輔
友照長男 1573後-87 1615(64) ジュスタ
(余野城主某の女)

1579加増
40,000石
1585明石城
(播磨)転封
1587追放


石山本願寺 (大谷時代を含む)

法名 僧官 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
覚如 宗昭 豪摂 光仙 覚恵(親鸞孫)
の長男
1321-51 1351(82) 1321本願寺設立
(山城国京都
大谷廟堂を寺院化)
善如 俊玄 光養丸
宗康
宗昭孫 1351-89 1389(57)
綽如 時芸 権大僧都 周円上人 光徳丸
堯雲
俊玄長男 1390-93 1393(44)
巧如 玄康 権大僧都 証定閣 光多賀麿 時芸二男 1394-1436 1440(65)
存如 円兼 権大僧都 玄康長男 1436-57 1457(68)
蓮如 兼寿 権大僧都 慧灯大師
信証院
布袋丸 円兼長男 1457-89 1499(85) 如了(伊勢貞房女)
蓮祐(伊勢貞房女)
如勝(出自未詳)
宗如(姉小路昌家女)
蓮能(畠山政栄女)

1465退去、転居
1471吉崎御坊
(越前)居住
1475退去、転居
1481山科本願寺
(山城)居住
後、石山御坊
(摂津)も建立
実如 光兼 権大僧都 教恩院 光養 兼寿五男 1489-1525 1525(68) 如祐(高倉永継女)
円如 光融 権少僧都 遍増院 光兼二男 (早世) 1521(31) 鎮永(願証寺蓮淳女)
証如 光教 権僧正 信受院 光仙丸 光融長男 1525-54 1554(39) 顕能(庭田重親女)
1532山科寺院焼亡
石山本願寺を拠点
顕如 光佐 大僧正 信紫院 茶々 光教長男 1554-92 1592(50) 如春(三条公頼女)
1580退去
鷺森別院(紀伊)
1585天満本願寺
(摂津)居住
1591七条堀川=
本願寺(山城)設立
准如 光昭 大僧正 信行院 阿茶丸 光佐三男 1592-1630 1630(54) 准勝(宝光院某女)
1602二派に分かれ
西本願寺と通称
子孫・大谷光尊
に至り伯爵
教如 光寿 大僧正 信乗院 茶々麿 光佐長男 1602-17 1617(57) 教寿
妙玄
1602徳川家により
烏丸(山城)に分立
東本願寺と通称
子孫・大谷光瑩
に至り伯爵


岸和田藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
〔小出家〕
小出 秀政 従五位下
播磨守
本光院
陽雲日政
甚左衛門 小出正重長男 1585-1604 1604(65) 仲(大政所)の妹 1585岸和田城(和泉)
3,900石
1594までに累増
10,000石
1595加増
30,000石
小出 吉政 従五位下
播磨守
雲竜院
乾堂元公
小才次
信濃守
大和守
秀政長男 1604-13 1613(49) 伊東治明女
小出 吉英 従五位下
大和守
右京
右京大夫
吉政長男 1613-19 1666(82) 保科正直女
先封の一部を加え
50,000石
1619出石城
(但馬)転封
〔松平(松井)家〕
松平 康重 従四位下
周防守
長安院
竜誉浄和
康次
次郎
左近丞
松平康親長男 1619-40 1640(73) 石川康通女
徳永寿昌女
1608篠山城(丹波)
50,000石
1619岸和田城
1631高直し
60,422石
松平 康映 従五位下
淡路守
松千代丸 康重二男 1640 1674(60) 岡部宣勝女
1640分知
50,422石
同年、山崎(播磨)転封
〔岡部家〕
岡部 宣勝 従五位下
美濃守
泉光院
鉄外可堅
左京 岡部長盛長男 1640-61 1668(72) 桑山元晴女 1636高槻城(摂津)
50,000石
1640岸和田城
60,000石
岡部 行隆 従四位下
内膳正
寂乗院
仁叟紹慶
竜千代
帯刀
宣勝長男 1661-86 1687(71) 堀直竒女
1661分知
53,000石
岡部 長泰 従四位下
美濃守
雲祥院
霊巌瑞応
宣就
竜千代
帯刀
備後守
行隆長男 1686-1721 1724(75) 内藤頼長女
岡部 長敬 従五位下
内膳正
俊徳院
義山崇信
致清
宣隆
大助
長泰二男 1721-24 1724(46) 土屋政直女 奏者番
岡部 長著 従五位下
美濃守
十輪院
鉄関道玄
長富
豊次郎
長敬二男 1724-56 1756(49) 松平乗邑女
岡部 長住 従五位下
内膳正
円覚院
了山道義
長茂
満弥
長著長男 1756-72 1809(70) 鍋島宗茂女
岡部 長修 従五位下
美濃守
大慈院
仁渓智譲
長佶
長恭
鍋吉
大弐
監物
(致仕後)
駿河守
長著四男 1772-76 1795(50)
岡部 長備 従五位下
美濃守
泰心院
徳叟全祐
富三郎 長修長男 1776-1803 1803(40) 於繁
(青山忠高女)
岡部 長慎 従五位下
美濃守
葆光院
南山道寿
弟次郎
千弥
長備二男 1803-33 1858(72) 丈(松平忠済女)
於九二
(青山忠裕養女)
岡部 長和 従五位下
内膳正
源量院
寛道宗恩
直吉
弥次郎
長慎長男 1833-50 1850(44) 貴(中川久貴女) 奏者番
岡部 長発 従五位下
美濃守
要玄院
諦道宗観
武吉
武之丞
弥次郎
長慎六男 1850-55 1855(22) 冬青
(鳥居忠挙女)
岡部 長寛 筑前守 弟次郎 長慎二男 1855-68 1887(79) 於熊
(岡部長貞女)
岡部 長職 岸和田藩知事
(廃藩後)
司法大臣
枢密顧問官
弥次郎
美濃守
長発長男 1868-71 1925(72) 錫子
(青山幸哉女)
坻子
(前田斉泰女)

1871廃藩置県
子爵
貴族院議員


麻田藩=青木家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
青木 一重 従五位下
民部少輔
梅隣院
華屋令曇
宗佐
重通
忠助
所右衛門
青木重直長男 1585-1615 1628(78) 1585摂津等三国内
10,000余石
1615退身、再出仕
麻田(摂津)
12,019石
後、分知
10,019石
青木 重兼 従五位下
甲斐守
竹岩院
端山性正
重寿
源五
青木可直
(一重四弟)
長男
1615-72 1682(77)
青木 重成 従五位下
甲斐守
陽徳院
徹山道剛
重正
内膳
民部
朝倉宣親長男 1672-93 1693(69) 側衆
青木 重矩 従五位下
甲斐守
了心院
雄山元英
重吉
重安
重基
源五郎
民部
重成二男
(重兼外孫)
1693-1713 1729(65)
青木 一典 従五位下
甲斐守
春徳院
瑞海元潤
重行
正盈
寅之助
民部
出羽守
重矩長男 1713-36 1736(40)
青木 一都 従五位下
甲斐守
覚翁院
大徹浄真
源五郎
出羽守
一典長男 1736-49 1749(29)
青木 見典 従五位下
内膳正
清涼院
秋岳浄暎
内膳 一典二男 1750-54 1754(32)
青木 一新 従五位下
美濃守
善応院
心珠衍明
兼稠
主税
一典三男 1754-70 1781(54)
青木 一貫 従五位下
甲斐守
養源院
慈眼衍瑞
村銘
一載
伊織
伊達村年三男 1770-86 1786(54) 大番頭
青木 一貞 従五位下
甲斐守
正法院
一乗義貞
源五郎
出羽守
(致仕後)
不老斎
一貫四男
(一新外孫)
1786-1821 1831(56)
青木 重竜 従五位下
駿河守
竜光院
天性本瑞
源五郎
民部少輔
内膳正
美作守
一貞長男 1821-47 1858(59)
青木 一興 従五位下
美濃守
玄了院
俊徳義勇
甲之助 一貞六男 1847-49 1849(28)
青木 一咸 従五位下
甲斐守
泰雲院
一峰清咸
釚二郎 奥平昌高八男 1849-56 1856(29)
青木 重義 麻田藩知事 源五郎
民部少輔
重竜五男 1856-71 1884(32)
1871廃藩置県
子爵


味舌藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
織田 長益 従四位下
侍従
源五郎
正伝院
如庵
有楽斎
出雲守
武蔵守
織田信秀十一男 1583後-1621 1621(75) 1583後 味舌(摂津)
2,000石(後15,000石)
1600加増
30,000石
1615分知
10,000石
長男・長孝はすでに
野村(美濃)に別封
1621没後、所領収公


陶器藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
小出 秀家 従五位下
遠江守
了俊 吉辰
庄兵衛
孫十郎
小出秀政二男 1591前-1603 1603(37) 1591前 新封
大鳥郡内(和泉)
1,000石
1600加増
2,000石
小出 三尹 従五位下
大隅守
青雲院
梅隠宗周
万助
五郎助
小出秀政四男 1603-42 1642(54)
1604岸和田藩主の
甥・吉英より分封
陶器(和泉)
10,000石
(旧封は収公)
郡奉行
小出 有棟 従五位下
大隅守
大雲院
乾江宗元
万吉
与平次
三尹長男 1642-68 1668(61)
小出 有重 従五位下
大隅守
真空院
雪巌宗松
万助
三左衛門
有棟長男 1668-93 1693(54)
小出 重興 玄蕃 真相院
英仲宗俊
五郎助 有重長男 1693-96 1696(34)
1696無嗣絶家


狭山藩=北条家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
北条 氏規 美濃守 一睡院
勝誉宗円
助五郎 北条氏康四男 1591-1600 1600(56) 北条家臣として
韮山城(伊豆)
1590失領
1591丹南郡内
(河内)復封
2,000石
1594加増
6,988石
北条 氏盛 従五位下
美濃守
松林院
浄誉心徹
助五郎 氏規長男 1600-08 1608(32) 1591宗家・氏直の
養子となり
足利領内(下野)
4,000石継承
1600氏規の継嗣
先封を合わせ
11,000石
北条 氏信 従五位下
美濃守
竜興院
梅澗宗雪
氏勝
太郎助
氏盛長男 1608-25 1625(25)
1616狭山(河内)
に陣屋を築く
北条 氏宗 久太郎 普応院
雄岳紹英
氏信長男 1625-70 1685(67)
1661替地により
10,000石となる
1670家系停止
北条 氏治 従五位下
美濃守
浄覚院
俊甫宗秀
八平
左京
伊勢守
北条氏利
(氏盛二男)
二男
1670-96 1696(58) 1670相続許可 側衆
北条 氏朝 従五位下
遠江守
円成院
即証元領
氏副
亀之助
左京
北条氏利五男 1696-1735 1735(67) 寺社奉行
北条 氏貞 従五位下
美濃守
広覚院
信叟義監
亀之助
左京
相模守
氏朝長男 1735-58 1758(56)
北条 氏彦 従五位下
遠江守
琰光院
鉄叟紹心
亀太郎
左京
氏貞長男 1758-69 1769(28)
北条 氏昉 従五位下
相模守
頤真院
養叟宗安
豊吉
(致仕後)
修理亮
氏彦長男 1769-1801 1811(52)
北条 氏喬 従五位下
遠江守
敬雲院
恭厳義良
左京
相模守
氏昉長男 1801-42 1846(62)
北条 氏久 従五位下
相模守
顕光院
仁峯義賢
彦之丞 戸田氏庸四男 1842-52 1852(30)
北条 氏燕 遠江守 悦次郎
美濃守
(致仕後)
貫中
北条氏迪
(氏昉三男)
二男
1852-61 1891(62)
北条 氏恭 狭山藩知事
(廃藩後)
侍従
宮中顧問官
智七郎
相模守
堀田正衡七男 1861-69 1919(75)
1869廃藩
子爵


高槻藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
〔新庄家〕
新庄 直頼 従五位下
駿河守
新三郎 新庄直昌長男 1595-1600 1612(75) 佐久間盛重女 1582/3
山崎城(摂津)
1584大津城(近江)
1594宇多城(大和)
1595高槻城(摂津)
30,000石
1600改易
1604麻生
(常陸)に復封
〔内藤家〕
内藤 信正 従五位下
紀伊守
弥七郎 内藤信成長男 1615-17 1626(59) 石川康通女 1612長浜城
(近江)襲封
40,000石
1615高槻城
1617伏見城代
50,000石
1619大坂城代
〔土岐家〕
土岐 定義 従五位下
山城守
悟心院
潔山正白
与五郎 土岐定政二男 1617-19 1619(40) 諏訪頼水女 1597守谷
(下総)襲封
10,000石
1617高槻城
20,000石
大番頭
土岐 頼行 内膳 定義長男 1619 1684(77) 1619幼少のため
減知、相馬郡内
(下総)転封
1628上山城(出羽)
〔松平(形原)家(前期)〕
松平 家信 従四位下
紀伊守
家副
紀太郎
又七
松平家忠長男 1619-35 1638(74) 松平康忠女
太田輝資女
1582形原(三河)
1590五井(上総)
5,000石
1601形原
1618加増
10,000石
1619高槻城
20,000石
1635佐倉城
(下総)転封
〔岡部家〕
岡部 宣勝 従五位下
美濃守
左京 岡部長盛長男 1636-40 1668(72) 桑山元晴女 1633竜野城(播磨)
50,000石
1636高槻城
1640岸和田城
(和泉)転封
〔松平(形原)家(後期)〕
松平 康信 従五位下
若狭守
又七郎 家信二男 1640-49 1682(83) 水野重仲女
酒井忠勝女
1638佐倉城
(下総)襲封
36,000石
1640高槻城
1649篠山城
(丹波)転封
〔永井家〕
永井 直清 従五位下
日向守
宗明院
月峯空閑
伝十郎 永井直勝二男 1649-71 1671(81) 高木正次女 1615新封
上総・下総二国内
530石
1626父より分知
4,030石
1632加増
8,000石
1633長岡(山城)
20,000石
1649高槻城
36,000石
書院番頭
永井 直吉 左門 妙解院
関山了無
直清長男 (廃嫡) 1669(53) 高木正綱女
永井 直時 従五位下
市正
本光院
心渓宗安
兵部
伝吉
直吉長男 1671-80 1680(43) 永井尚征女
宗義真養女
永井 直種 従五位下
近江守
真浄院
月渓宗印
尚仍
直只
直賢
亀之助
民部
日向守
永井尚征四男 1680-95 1695(38) 田村宗良女
永井 直達 従五位下
日向守
高松院
節渓宗貞
直泰
豊熊
永井直円長男 1695-1706 1706(18) 直種女
永井 直英 従五位下
備後守
天真院
月江宗閑
伝之助 直種二男 1706-15 1715(21) 多喜
(間部詮房養女)
永井 直期 従五位下
飛騨守
三経院
菊隠宗芳
文九郎
(致仕後)
左京亮
永井直円五男 1715-48 1765(63) 南部信恩女
永井 直行 従五位下
近江守
本真院
月洞宗郭
流之助 直期長男 1748-58 1758(29) 九鬼隆寛女
永井 直珍 従五位下
飛騨守
円乗院
諦空宗賢
虎之助
数馬
直期三男 1758-70 1770(29)
(本多康桓女)
永井 直進 従五位下
日向守
法心院
瑞林宗雲
虎之助
右京亮
直珍長男 1771-1809 1815(55) 喜鶴
(松平信礼女)
永井 直与 従五位下
飛騨守
瑞鳳院
徳翁宗寿
虎之助
左京亮
直進長男 1809-42 1846(62) 伯(松浦清女)
永井 直輝 飛騨守 常二郎
遠江守
(致仕後)
左京亮
直与二男 1842-61 1874(48)
(前田利之女)
永井 直矢 従五位上
飛騨守
真諦院
本空宗継
伝十郎 松平親良二男 1861-65 1865(24)
永井 直諒 高槻藩知事 鉄之丞
直介
日向守
永井直次三男 1865-71 1919(71) 房子
(本多助実養女)

1871廃藩置県
子爵


大坂城代 (江戸時代)

氏名 官位 法名/号 他の名 続柄 城代在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
松平 忠明 従五位下
下総守
清匡
鶴松丸
奥平信昌四男
徳川家康養子
1615-19 1644(62) 織田信包女
小出吉政女
1610亀山城(伊勢)
50,000石
1615大坂城(摂津)
100,000石
1619郡山城
(大和)転封
内藤 信正 従五位下
紀伊守
光徳院
本誉善寿
宗学
弥七郎 内藤信成長男 1619-26 1626(59) 石川康通女 1615高槻城(摂津)
40,000石
1617伏見城代
50,000石
1619大坂城代
1625近江・山城二国内
1626没後
1627息子・信照が
棚倉城(陸奥)転封
阿部 正次 従四位下
備中守
阿部正勝長男 1626-47 岩槻城(武蔵)
稲垣 重綱 従五位下
摂津守
1648-49 三条城(越後)
永井 直清 従五位下
日向守
1649-50 高槻城(摂津)
内藤 信照 従五位下
豊前守
1650-52 棚倉城(陸奥)
水野 忠職 従五位下
出羽守
1652-54
1658-59
1661-62
松本城(信濃) 三名輪番制
内藤 忠興 従五位下
帯刀
1654-56
1659-60
磐城平城(陸奥) 三名輪番制
松平 光重 従五位下
丹波守
1656-58
1660-61
加納城(美濃) 三名輪番制
青山 宗俊 従四位下
因幡守
光俊
伊勢千代
藤五郎
青山忠俊長男 1662-78 1679(76) 1648小諸城(信濃)
30,000石
1662摂津等六国内
50,000石
1678浜松城
(遠江)転封
太田 資次 従四位下
摂津守
見性院
道雄日健
資世
左馬助
太田資宗二男 1678-84 1684(56) 本多忠利女
長(宗義成女)
能勢頼次養女
1671浜松城(遠江)
32,000石
1678摂津等五国内
52,000石
1684没後
同年、息子・資直が
田中城(駿河)転封
水野 忠春 従五位下
右衛門大夫
水野忠善長男 1684 岡崎城(三河)
土屋 政直 従五位下
相模守
土屋数直長男 1684-85 田中城(駿河)
内藤 重頼 従五位下
大和守
弥三郎
若狭守
伊賀守
内藤正勝長男 1685-87 1690(63) 久世広当女 1677下野・常陸二国内
5,000石
後、累増
13,000石
1685摂津等五国内
33,000石
1687京都所司代
松平 信興 従五位下
因幡守
治綱
基綱
信衡
興衡
采女
美濃守
松平信綱五男 1687-90 1691(62) 青山幸利女 1682土浦城(常陸)
22,200石
1687摂津等三国内
32,000石
1690京都所司代
土岐 頼殷 従四位下
伊予守
頼隆
兵部
土岐頼行二男 1691-1712 1722(82) 西郷延員女
牧野親成女
1678上山城
(出羽)襲封
25,000石
1692摂津等三国内
35,000石
1712田中城
(駿河)転封
内藤 弌信 従四位下
豊前守
信勝
市之助
紀伊守
内藤信光二男
内藤信良養子
1712-18 1725(73) 太田資次女

(毛利綱広女)
1705田中城(駿河)
50,090石
1712摂津等三国内
1720村上城
(越後)転封
安藤 信友 従四位下
対馬守
1718-22 加納城(美濃)
松平 乗邑 従五位下
左近将監
1722-23 淀城(山城)
酒井 忠音 従四位下
讃岐守
1723-28 小浜城(若狭)
堀田 正虎 従四位下
伊豆守
1728-29 山形城(出羽)
松平 信祝 従四位下
伊豆守
松平信輝長男 1729-30 浜松城(遠江)
土岐 頼稔 従四位下
丹後守
頼俊
内匠
兵部
土岐頼殷長男 1730-34 1744(50) 松平忠雄女 1712田中城
(駿河)襲封
35,000石
1730摂津等三国内
1734京都所司代
稲葉 正親 従四位下
佐渡守
1734 淀城(山城)
太田 資晴 従四位下
備中守
瑞光院
道精日現
資重
資在
熊次郎
太田資直五男 1734-40 1740(46) 戸田氏定女 1728館林城(上野)
50,037石
1734摂津等五国内
1740没後
同年、息子・資俊が
館林城転封
酒井 忠恭 従四位下
雅楽頭
1740-44 前橋城(上野)
堀田 正亮 従四位下
相模守
1744-45 山形城(出羽)
阿部 正福 従四位下
伊勢守
1745-47 福山城(備後)
酒井 忠用 従四位下
讃岐守
1747-52 小浜城(若狭)
松平 輝高 従四位下
右京大夫
1752-56 高崎城(上野)
井上 正経 従四位下
河内守
正賢
利容
正燕
民部
井上正之長男 1756-58 1766(42) 仙石政房女 1747磐城平城(陸奥)
60,000石
1756摂津等四国内
1758浜松城
(遠江)転封
青山 忠朝 因幡守
(従四位下は
以後同じなの
で記載省略)
1758-60 篠山城(丹波)
松平 康福 周防守 松平康豊長男 1760-62 岡崎城(三河)
阿部 正允 飛騨守 1762-64 忍城(武蔵)
松平 乗佑 和泉守 松平乗邑二男 1764-69 西尾城(三河)
久世 広明 出雲守 1769-77 関宿城(下総)
牧野 貞長 越中守 1777-81 笠間城(常陸)
土岐 定経 美濃守 1781-82 沼田城(上野)
戸田 忠寛 因幡守 1782-84 宇都宮城(下野)
阿部 正敏 能登守 1784-87 忍城(武蔵)
堀田 正順 相模守 1787-92 佐倉城(下総)
牧野 忠精 備前守 1792-98 長岡城(越後)
松平 輝和 右京亮 1798-1800 高崎城(上野)
青山 忠裕 下野守 1800-02 篠山城(丹波)
稲葉 正諶 丹後守 1802-04 淀城(山城)
阿部 正由 播磨守 1804-06 忍城(武蔵)
松平 乗保 能登守 1806-10 岩村城(美濃)
大久保 忠真 加賀守 1810-15 小田原城(相模)
松平 輝延 右京大夫 1815-22 高崎城(上野)
松平 康任 周防守 1822-25 浜田城(石見)
水野 忠邦 左近将監 水野忠光二男 1825-26 浜松城(遠江)
松平 宗発 伯耆守 1826-28 宮津城(丹後)
太田 資始 備中守 堀田正穀三男
太田資言養子
1828-31 掛川城(遠江)
松平 信順 伊豆守 松平信明二男 1831-34 吉田城(三河)
土井 利位 大炊頭 1834-37 古河城(下総)
堀田 正篤 備中守 1837 佐倉城(下総)
間部 詮勝 下総守 1837-38 鯖江陣屋(越前)
井上 正春 河内守 1838-40 館林城(上野)
青山 忠良 下野守 1840-44 篠山城(丹波)
松平 乗全 和泉守 松平乗寛長男 1844-45 西尾城(三河)
松平 忠固 伊賀守 1845-48 上田城(信濃)
内藤 信思 紀伊守 1848-50 村上城(越後)
土屋 寅直 采女正 1850-58 土浦城(常陸)
松平 信義 豊前守 1858-60 亀山城(丹波)
松平 宗秀 図書頭 1860-62 宮津城(丹後)
松平 信古 伊豆守 間部詮勝二男
松平信璋養子
1862-65 吉田城(三河)
牧野 貞直 越中守 1865-68 笠間城(常陸)

(所領に固有の居城を持つ者については、一部項目のみ記載した)


丹南藩=高木家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
高木 正次 従五位下
主水正
智光院
豊誉浄照
善次郎 高木清秀三男 1623-30 1630(68) 1594海老名
(相模)襲封
5,000石
後、累増
9,000石
1623丹南(河内)
10,000石
大坂定番
高木 正成 従五位下
主水正
智徳院
清巌道向
善次郎
肥前守
正次長男 1631-35 1635(49)
1633加増
13,000石
大番頭
高木 正弘 従五位下
主水正
大暁院
源誉月桂
久祖
善次郎 正成長男 1635-58 1658(46)
1635分知
10,000石
大番頭
高木 正盛 従五位下
主水正
高巌院
光誉祖春
善大夫
善次郎
正弘長男 1658-70 1670(36) 大番頭
高木 正豊 従五位下
肥前守
峯穹院
堅誉意仙
正長
勘解由
正盛長男 1670-81 1681(20)
高木 正陳 従五位下
主水正
元亨院
乾誉学黌
性久
大学 正盛二男 1681-1741 1741(77) 奏者番
高木 正恒 従五位下
若狭守
法源院
円誉智覚
道応
銕之助 板倉重行
(正盛三男)
二男
1741-43 1743(30)
高木 正弼 従五位下
主水正
泰了院
賢誉自然
覚応
熊次郎
主水
正恒長男 1743-80 1780(40) 大番頭
高木 正直 従五位下
主水正
円浄院
英誉義光
亮純
元之助 酒井忠与四男 1780-81 1781(26)
高木 正剛 従五位下
主水正
良広院
建誉秀道
常葉
福親
勇次郎
(致仕後)
右近将監
松平忠福二男 1781-1826 1834(62) 奏者番
高木 正明 従五位下
主水正
智覚院
見融通照
冰翁
主膳正 正剛長男
(正直外孫)
1826-48 1869(67)
高木 正坦 丹南藩知事 亨之助
主水正
松平維賢四男 1848-69 1891(63) 大番頭
高木 正善 丹南藩知事
(廃藩後)
貴族院議員
肥前守 高木守庸二男 1869-71 1920(68)
1871廃藩置県
子爵


伯太藩=渡辺家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
渡辺 基綱 従五位下
備中守
基綱院
広宣
矩綱
半次郎
主殿
渡辺長綱長男
渡辺方綱養子
1698-1728 1728(64) 1680野本
(武蔵)襲封
13,520石
1698大庭寺(和泉)
1727伯太(和泉)に
居所を移転
大坂定番
渡辺 登綱 従五位下
越中守
登綱院
道台
源十郎
駿河守
丹後守
基綱長男
(方綱外孫)
1728-67 1767(74)
渡辺 信綱 従五位下
豊前守
信綱院
道現
源三郎
主殿
登綱二男 1767-72 1772(46)
渡辺 伊綱 従五位下
丹後守
伊綱院
耀道
亀松
源一郎
(致仕後)
中務少輔
信綱二男 1772-83 1824(68)
渡辺 豪綱 従五位下
駿河守
豪綱院
道玄
金弥
越中守
信綱三男 1783-93 1793(35)
渡辺 春綱 従五位下
大学頭
春綱院
秀道
仲之進 豪綱長男 1793-1810 1810(33)
渡辺 則綱 従五位下
越中守
則綱院
道徳
綾次郎
綾吉
虎吉
式部
(致仕後)
弄月斎
豪綱五男 1810-28 1832(45)
渡辺 潔綱 丹後守 松月 半之丞
備中守
則綱二男 1828-47 1876(63)
渡辺 章綱 伯太藩知事 半之丞
備中守
丹後守
潔綱長男 1847-71 1894(62)
1871廃藩置県
子爵


西代藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
本多 忠恒 従五位下
伊予守
松巌院
心誉寒月
浄円
団七郎
織部
本多康将二男 1679-1704 1704(48) 1679従兄・膳所藩主
康慶より分家
河内・近江二国内
10,000石
本多 忠統 従五位下
伊予守
忠良
恒弥
兵部
忠恒二男 1704-32 1657(67)
1711西代(河内)に
陣屋を築く
1732神戸城
(伊勢)転封
若年寄


吉見藩=遠藤家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
遠藤 胤城 吉見藩知事 廸吉
美濃守
備前守
但馬守
三上藩知事
遠藤胤統二男 1870-71 1909(72) 1863三上
(近江)襲封
12,000石
1870藩庁を
吉見(和泉)に移転
1871廃藩置県
廃藩後、
東に改姓
子爵



(2016.11.30up)


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