福岡県(筑紫)の主要大名


   福岡県は古くは筑紫の国と呼ばれ、7世紀後期までに筑前・筑後の両国に分離、また664年に大宰府が置かれて九州諸国を管轄しました。『延喜式』では筑前が15郡、筑後が10郡。平安朝期には筑前の博多荘(安楽寺)・筑後の三潴荘(東寺)など多くの荘園がありました。鎌倉期には武藤(少弐)家が大宰少弐と兼帯して守護に任ぜられ、筑後は大友・武藤・北条一門などが守護となりました。南北朝期には少弐家が筑前守護を継承、一方筑後では五条家など南朝の征西府の勢力が優勢でしたが、室町幕府の九州探題今川貞世に制圧されました。室町期から戦国期にかけては中小豪族が割拠する情勢の中で、大内家が大宰府を掌握して筑前を支配し、大友家は豊前から筑後を制してこれに対抗しました。戦国後期には毛利家が筑前へ、竜造寺家が筑後へ進出し、さらに末期には島津家の北進があり、諸家の角逐の場となりました。豊臣秀吉は1587年に九州を平定すると、筑前を小早川隆景に、筑後を立花宗茂ほかに、豊前北部を毛利勝信に与えました。江戸初期には筑前は黒田家、筑後は田中家、豊前は細川家の所領となります。江戸中期以後は筑前福岡藩(黒田家)・筑後久留米藩(有馬家)・筑後柳川藩(立花家)・豊前小倉藩(小笠原家)の4藩、およびこれらの支藩が存在しました。1871年の廃藩置県により筑前は福岡県、筑後は三潴県となり(1876年に佐賀県を合併)、福岡県は1876年に小倉県(旧豊前国)を合併し、この年に三潴県が廃止されると、その旧筑後国の部分を編入するとともに、旧豊前国の南部を大分県に移し、県域が確定しました。

 筑前守護職   筑後守護職   秋月家   城井家   筑紫家   立花家→柳川藩   高橋/立花家→三池藩   蒲池家   小早川家   毛利(勝信)家   豊前国主細川家   筑後国主田中家   福岡藩=黒田家   秋月藩=黒田家   東蓮寺藩/直方藩   三奈木邑主黒田家   久留米藩=有馬家   小倉藩/香春藩/豊津藩=小笠原家   小倉新田藩/千束藩=小笠原家


筑前守護職
(室町時代)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
少弐 貞経 大宰少弐・筑後守 妙恵 ?-1334
少弐 頼尚 大宰少弐・筑後守 本通 1334-52
1359-61
1351-52南朝方の守護
一色 直氏 右京権大夫 1352-55
菊池 武光 肥後守 1357前後 南朝方の守護
少弐 冬資 大宰少弐・筑後守 存覚 1361-75
今川 貞世 伊予守 了俊 1375-87
少弐 頼澄 大宰少弐 本富 1375 南朝方の守護
少弐 貞頼 大宰少弐・筑後守 本恵 1387-1404
少弐 満貞 大宰少弐・筑後守 本勝 1404-?
大内 持世 刑部少輔・修理大夫 道岩 ?-1441
大内 教弘 周防権守・大膳大夫 教弘 1441-65
大内 政弘 周防権守・左京大夫 真正 1465-95
大内 義興 周防権介・左京大夫 義秀 1496-1528
大内 義隆 周防介・大宰大弐・左京大夫 珠天 1528-51


筑後守護職(室町時代)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
宇都宮 冬綱 常陸介 1333-54
詫磨 宗直 別当太郎 1349 足利直冬方の守護
大友 氏時 刑部大輔 大祐 1363-64
大友 氏継 孫三郎 1364-?
島津 氏久 越後守 齢岳 1375
今川 貞世 伊予守 了俊 1375-95
大友 親世 修理権大夫 祐高 1399-?
大友 親著 式部大夫 道瑛 1401-26
大友 親繁 豊後守 1469-82
大友 政親 豊前守 如意 1482-84
大友 親豊 中務大輔・修理大夫 1484
大友 親治 備前守 1499
大友 義親 修理大夫 1501-16


秋月家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
秋月 種雄 三郎 顕徳院
関雲道機
原田種成男 12世紀末 秋月荘(筑前)
秋月 種幸 太郎 慧光院
仁岳良信
種雄男
秋月 種家 三郎 無外院
廓堂了然
種幸男
秋月 種頼 左衛門尉 安養院
方誉直心
種家男 1302
秋月 種資 太郎 浄満院
円翁宗全
種頼男
秋月 種貞 小太郎 普明院
等観元周
種資男
秋月 種高 左衛門尉 観照院
心国道安
種貞男
秋月 種顕 左衛門尉 麟閣院
瑞林元祥
種高男
秋月 種道 筑前権守 銅光院
鑑海常照
種顕男
秋月 種忠 長門守 禅種院
貞岳宗利
種道男
秋月 種氏 左衛門尉 広種院
寂潭自円
種忠男
秋月 種照 中務少輔 竜雲院
淵室即深
種氏男
秋月 種朝 中務大輔 大竜院
古潭浄瑩
種照男
秋月 種時 中務大輔 秀外院
竜允挺種
種朝男 1531
秋月 種方 中務大輔 竜国院
竜淵文種
文種 種時男 ?-1557 1557
秋月 種実 筑前守 西林院
笑翁宗ァ
黒帽子
修理大夫
種方二男 1559-87 1596 田原親広女
1587本領安堵
秋月 種長 長門守 三郎 種実長男 1587-1614 1614(48) 彦山舜有女
1587高鍋城
(日向)転封


城井家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
城井 信房 正四位上
大和守
宇都宮宗房長男 13世紀初頭 1234 城井郷(豊前)
城井 景房 従五位下
壱岐守
信房男 1228(76)
城井 信景 従五位下
左衛門佐
景房男 1248(76)
城井 通房 正四位下
薩摩守
信景男 1275(63)
城井 頼房 従四位下
大和守
通房男 1333
城井 冬綱 正四位下
右中将
常陸介
宗閑 高房
守綱
宇都宮貞綱長男 1336前-59後 1366(78) 1333-54
筑後守護
1354-?
豊前守護
城井 家綱 従四位下
常陸介
宇都宮公綱男 1368(60)
城井 直綱 従四位下
播磨守
常陸介 家綱男 1381(56)
城井 盛綱 従四位下
出羽守
直綱男 1396(53)
城井 家尚 従五位下
民部少輔
弥三郎 盛綱男 1429(69)
城井 尚直 従四位下
侍従
右馬助
盛綱男 1408(40)
城井 盛直 正四位下
侍従
播磨守
弥三郎
常陸介
尚直男 1468(83)
城井 秀房 従四位下
常陸介
秀直
左衛門佐
盛直男 1509(88)
城井 興房 従四位下
常陸介
弘堯
左馬助
秀房男 1542(81)
城井 正房 正四位下
常陸介
豊後守 興房男 1561
城井 長房 従四位下
侍従
常陸介
霊岸院
徳全長甫
正房男 1589(82)
城井 鎮房 従五位下
常陸介
天徳寺
久岸宗永
民部少輔 長房男 ?-1587 1589(54)
1587所領没収
1589黒田家により滅亡


筑紫家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
筑紫 経重 蔵人大夫 良喜 朝日経稔男? 15世紀前半 勝尾城(肥前)
筑紫 尚重 刑部少輔 元喜 経重男
筑紫 尚門 下野守 尚重男
筑紫 秀門 下野守 尚門男
筑紫 満門 筑後守 秀門男 ?-1521 1521
筑紫 尚門 下野守 正門 満門男 1521-29 1529
筑紫 惟門 下野守 虎岑良竜 尚門男 1531?-67 1567(37?)
筑紫 広門 従五位下
上野介
金福寺
卓山夢庵
惟門男 1567-1623 1623(68)
1586失領
1587山下城(筑後)
18,015石
1587本領安堵
1600改易
筑紫広門(上記・初代広門の弟)が1627年に幕府より3,000石を与えられ、旗本として存続。


立花家 → 柳川藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
 1 立花 貞載 左近将監 阿多々丸
三郎
大友貞宗二男 ?-1336 1336 立花山城(筑前)
 2 立花 宗匡 三河守 紹心 彦子丸
山城守
大友貞宗三男 1336-?
 3 立花 親直 山城守 宗徳 彦徳丸
左近将監
宗匡男
 4 立花 親政 丹後守 道運 千代寿丸
左近将監
親直男
 5 立花 宗勝 因幡守 宗玉 宮徳丸
左近将監
親政男
 6 立花 鑑光 兵庫頭 宗三 立竜丸
左近将監
宗勝男
 7 立花 鑑俊 但馬守 了禅 鑑載
千亀丸
弥十郎
左近将監
鑑光男 ?-1568 1568
 8 立花 親善 山城守 一如 鶴千代丸 鑑俊男
 9 立花 鑑連 丹後守 梅岳寺
福巌道雪
麟伯軒
八幡丸
左衛門大夫
伯耆守
戸次親家長男 1571-75 1585(73)
10 立花 ァ千代 光照院
泉誉良清
鑑連長女 1575-82 1602(34) 宗茂
11 立花 宗茂 従四位下
侍従
飛騨守
大円院
松陰宗茂
立斎
宗虎
統虎
鎮虎
正成
親成
尚政
俊正
信正
経正
千熊丸
弥十郎
左近将監
高橋鎮種長男 1582-1600
1604-37
1642(74) ァ千代(鑑連女)
八千子
(矢島秀行女)
菊子
(葉室頼宣女)

1587柳河城(筑後)
132,200石
1600関が原戦で改易
1604旗本
5,000石
1606棚倉城(陸奥)
10,000石
後30,000石
1620柳河(=柳川)城
109,647石
12 立花 忠茂 従四位下
侍従
飛騨守
別峯院
忠巌好雪
貞之
忠貞
忠之
千熊丸
大助
左近将監
立花直次四男 1637-64 1675(64) 長子
(永井尚政女)
鍋子
(伊達忠宗女)
13 立花 鑑虎 従四位下
侍従
飛騨守
雪峯院
英山性俊
直茂
広茂
鑑茂
勝千代
大助
左近将監
忠茂四男 1664-96 1702(58) 吉子
(本多康長女)
14 立花 鑑任 従四位下
飛騨守
霊明院
常心法鑑
宗尚
宗昌
宗政
鑑春
鑑常
大助
勝千代
鑑虎二男 1696-1721 1721(39) 春子
(池田綱政女)
15 立花 貞俶 従四位下
飛騨守
興源院
慈雲紹蔭
茂易
清直
友之丞
右京
弾正
立花茂高
(忠茂孫)男
1721-44 1744(47) 松子
(立花貞晨女)
16 立花 貞則 従四位下
飛騨守
等覚院
廓融性瑩
虎吉
虎之進
丹後守
伯耆守
貞俶二男 1744-46 1746(22)
17 立花 鑑通 従四位下
侍従
左近将監
大応院
馨徳孔昭
俶香
鑑致
駒之丞
左近
貞俶三男 1746-97 1797(69) 清子
(黒田継高女)
18 立花 鑑寿 従四位下
侍従
左近将監
陽徳院
元剛紹和
通尹
常之進
図書
伯耆守
鑑通五男 1797-1820 1820(52) 美勢子
(立花致真女)
19 立花 鑑賢 従四位下
左近将監
体慈院
博愛元長
亀寿
友之丞
伯耆守
立花鑑一
(鑑通四男)
長男
1820-30 1830(42) 登勢子(鑑寿女)
20 立花 鑑広 万寿丸 含章院
玉英鑑広
鑑賢長男 1830-33 1833(11) (夭折のため
内密に鑑備が
すり替わる)
21 立花 鑑備 従四位下
左近将監
常明院
叡智紹監
竹千代
俣次郎
万寿丸
鑑賢二男 1833-46 1846(20) 加代子
(浅野重晟女)
(表向きは
鑑広と
同一人物)
22 立花 鑑寛 柳川藩知事 淳次郎
次郎
左近将監
侍従
飛騨守
立花寿俶
(鑑寿男)長男
1846-71 1909(81)
(徳川斉匡女)

公称119,647石
1871廃藩置県
息子・寛治
のとき伯爵


高橋/立花家→三池藩(柳川支藩)

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
高橋 光種 筑後守 大蔵氏一族 1336頃 御原郡高橋(筑後)
高橋 義種 筑後守 光種男
高橋 持種 筑後守 義種男
高橋 教種 筑後守 持種男
高橋 政種 左近将監 教種男
高橋 統種 三河守 政種男
高橋 長種 兵庫頭 三河守 統種男 ?-1549 1549
1549中絶
高橋 鑑種 三河守 宗仙 親宗
右馬助
左衛門大夫
左衛門尉
一万田親敦男 1559-70 1579(53) 1559再興
岩屋・宝満二城(筑前)
1566大友家に反乱
1570追放
小倉城(豊前)領有
(養子・元種が継嗣、
1587日向県城へ)
大友家被官
高橋 鎮種 兵衛尉 天叟院
性海紹運
鎮理
弥七郎
民部
主膳
吉弘鑑理男 1570-86 1586(39) 1570長種継嗣
岩屋・宝満二城(筑前)
1586自殺、失領
大友家被官
立花 直次 従五位下
主膳正
大通院
玉峯道白
宗卜
統増
宗一
千若丸
弥七郎
民部少輔
鎮種二男 1587-1600
1614-17
1617(46) 1587再興
江浦城(筑後)
18,000石
1595内山城(筑後)
1600改易
1614柿岡(常陸)
5,000石
1614
立花に改姓
立花 種次 従五位下
主膳正
金剛院
一叟全心
弥七郎 直次長男 1617-30 1630(27)
1621三池(筑後)
10,000石
立花 種長 従五位下
和泉守
寿徳院
泰叟道運
仙千代
弥七郎
民部
種次長男 1630-82 1711(87)
立花 種明 従五位下
主膳正
天徳院
傑叟浄英
弥七郎
主膳
種長長男 1682-99 1699(56)
立花 貫長 従五位下
出雲守
霊通院
仁翁紹寛
孫千代
民部
長当
種甄
種明長男 1699-1747 1747(61)
立花 長煕 従五位下
和泉守
明徹院
実相紹真
弥七郎
民部
貫長長男 1747-62 1778(59)
立花 種周 従五位下
出雲守
竜潭院
寒月紹清
勝之助
民部
主膳
長煕二男 1762-1805 1809(66) 若年寄
立花 種善 順之助 種周四男 1805-06 1832(39)
1806下手渡(陸奥)転封
立花 種温 (下手渡藩−福島県−を参照)
立花 種恭 三池藩知事
(廃藩後)
宮内庁御用掛
鐘之助
出雲守
立花種道
(種周二男)
長男
1849-71 1905(70) 1849下手渡襲封
1868三池復封
1871廃藩置県
子爵
貴族院議員


蒲池家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
蒲池 久憲 三河守 久則 宇都宮一族? 1400前後 蒲池(筑後)
蒲池 義久 壱岐守 久憲男
蒲池 繁久 左馬大夫 義久男
蒲池 親久 兵庫頭 繁久男
蒲池 治久 筑後守 親久男
柳河城(筑後)
蒲池 鑑久 武蔵守 治久男
蒲池 鑑盛 近江守 松梅院
長国覚久宗雪
鑑久男 ?-1576 1576
蒲池 鎮漣 式部大輔 本源院
哲心覚英
鎮並 鑑盛男 1576-81 1581
1581滅亡
(山下蒲池家)
蒲池 親広 和泉守 治久男 山下城(筑後)
蒲池 鑑広 志摩守 親広男 ?-1587
1587失領


小早川家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
小早川 隆景 従三位
権中納言
黄梅院
泰雲紹閑
徳寿丸
又四郎
中務大輔
左衛門佐
毛利元就三男 1550-95 1597(65) 小早川正平女 1582三原城(備後)
1585伊予国一円
1587名島城(筑前)
373,300石
筑前国一円および
肥前・筑後の一部
1595三原城へ退隠
大老
(豊臣政権)
小早川 秀秋 従三位
権中納言
瑞雲院
秀巌日詮
秀俊
秀詮
辰之助
左衛門督
木下家定五男 1595-1602 1602(21) 宍戸元秀女 1587名島城襲封
1598北庄城(越前)
1598名島城
1600岡山城
(備前)転封
(小早川秀包=後、吉敷毛利家)
小早川 秀包 従四位下
侍従
筑後守
瑞光院
玄済道叱
元総
秀兼
才菊丸
市正
藤四郎
大内記
シメオン
毛利元就九男
隆景養子
1585-1600 1601(35) 大友義鎮女 1585宇和郡内(伊予)
35,000石
1587久留米城(筑後)
75,000石
後130,000石
1600関が原の戦で
石田方、改易
長男・元鎮が毛利家
領内にて復家


毛利(勝信)家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
毛利 勝信 従五位下
壱岐守
一斎 吉成 森某の男 1587-1600 1611 1587小倉城(豊前)
60,000石
1600関が原の戦で
石田方、改易
長崎奉行
(豊臣政権)


豊前国主 細川家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
細川 忠興 従三位
参議
越中守
松向寺
三斎宗立
熊千代
与一郎
細川藤孝長男
細川輝経養子
1600-21 1645(83) 玉=ガラシャ
(明智光秀女)
1582実父藤孝の所領
宮津城(丹後)継承
141,400石
1600加増
200,000石
同年中津城(豊前国
一円・豊後の一部)
399,000石
1602小倉城に転居
細川 忠利 従四位下
左少将
越中守
光千代
内記
忠興二男 1621-32 1641(56) 千代(小笠原秀政女
・徳川秀忠養女)

1632熊本城(肥後)
540,000石


筑後国主 田中家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
田中 吉政 従四位下
侍従
筑後守
円光院
崇巌道越
長政

久次
久兵衛
兵部大輔
田中重政男 1600-09 1609(62) 国友与左衛門女 はじめ5,000石
1590岡崎城(三河)
57,400石
1596までに
100,000石
1600柳河城(筑後国一円)
325,000石
田中 忠政 従四位下
侍従
筑後守
陽岳院
傑岫玄英
隼人
隼人正
吉政四男 1609-20 1620(36) 徳川家康養女
(松平康元女)

1620無嗣廃絶
1613年頃の重臣配置としては、赤司城主の田中清政13,000石、松延城主の松野主馬12,000石が挙げられる。


福岡藩=黒田家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
黒田 長政 従四位下
筑前守
興雲院
古心道卜
松寿
吉兵衛
甲斐守
黒田孝高長男 1600-23 1623(56) イト
(蜂須賀正勝女)

(徳川家康養女
・保科正直女)
1589中津城(豊前)
123,000石襲封
1600名島城
(筑前九郡一円
および六郡内)
1602福岡城へ移転
502,416石
黒田 忠之 従四位下
侍従
筑前守
高樹院
傑心宗英
忠長
忠政
万徳
右衛門佐
長政長男 1623-54 1654(53) 徳川秀忠養女
(松平忠良女)
坪坂十右衛門女

1623分知
412,416石
1613公称
松平姓
黒田 光之 従四位下
侍従
右衛門佐
江竜院
淳山宗真
長之
搥万
吉兵衛
左京大夫
忠之長男 1654-88 1707(80) 小笠原忠真女
高直し
433,100石
1677嫡子綱政の
先封を併せ
473,100石
黒田 綱政 従四位下
侍従
右衛門佐
霊源院
回山紹光
長寛
宮内
宮内少輔
肥前守
光之三男 1688-1711 1711(53) 立花鑑虎養女
黒田 宣政 従四位下
侍従
肥前守
泰林院
義山道勇
政則
弁之助
和泉守
佐渡守
綱政二男 1711-19 1744(60)
(南部行信女)
黒田 継高 従四位下
左少将
筑前守
功崇院
章山道善
長好
菊千代
官兵衛
(致仕後)
図書頭
黒田長清長男 1719-69 1775(73) 幸子
(宣政養女
=黒田吉之女)

(公称523,100石)
黒田 治之 従四位下
侍従
筑前守
鳳陽院
典山紹靖
高満
隼之助
式部大輔
徳川宗尹五男 1769-81 1781(30) 榊原政永女
黒田 治高 従四位下
侍従
筑前守
竜雲院
徳巌道俊
高幸
又八
京極高慶七男 1782 1782(29)
黒田 斉隆 従四位下
侍従
筑前守
敬徳院
周山紹礼
長ロ
雅之助
徳川治済二男 1782-95 1795(19)
黒田 斉清 従四位下
左少将
備前守
乾竜院
利山道見
楽善堂
長順
松次郎
官兵衛
斉隆男(実は
黒田長舒
三男?)
1795-1834 1851(57)
(二条治孝女)
黒田 長溥 参議
美濃守
竜風 斉溥
桃次郎
官兵衛
島津重豪九男 1834-69 1887(77) 純子(斉清女) 1868黒田
姓に復帰
黒田 長知 福岡藩知事 慶賛
建若
下野守
藤堂高猷三男 1869-71 1902(65) 豊子
(松平定和女)

1871藩知事罷免
息子・長成
のとき侯爵


秋月藩=黒田家(福岡支藩)

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
黒田 長興 従五位下
甲斐守
東陽院
五峯宗印
孝政
犬万
勘解由
黒田長政三男 1623-65 1665(56) 亀子
(佐竹義隆女)
1623福岡藩
黒田家より分家
秋月(筑前)
50,000石
城主格
黒田 長重 従五位下
甲斐守
英雲院
別叟宗伝
千之助 長興二男 1665-1710 1710(52) 富貴
(黒田光之女)
黒田 長軌 従五位下
隠岐守
興陽院
三峯宗玄
千之助 長重長男 1710-15 1715(30)
(佐竹義処女)
黒田 長貞 従五位下
甲斐守
興願院
耀誉祐歓
長治
市大夫
修理
野村祐春二男
(長興外曽孫)
1715-54 1754(61)
(上杉綱憲女)
黒田 長邦 従五位下
甲斐守
興徳院
一峯宗関
修理
河内守
長貞長男 1754-62 1762(41)
(黒田継高女)
黒田 長恵 従五位下
甲斐守
岱源院
高応宗淳
豊松 長邦長男 1762-74 1774(21)
黒田 長堅 千之助 霊雲院
光岳道照
貞之助 山崎義俊二男
(長邦外孫)
1774-85 1785(15)
黒田 長舒 従五位下
甲斐守
朝陽院
大雄向水
幸三郎
修理
秋月種茂二男
(長邦外孫)
1785-1807 1807(43) 美須子
(松平忠啓女)
采子
(山内豊雍女)
黒田 長韶 従五位下
甲斐守
竜徳院
楽斎文水
韶翁
長房
金十郎
壱岐守
長舒二男 1808-30 1840(52) 兼子
(松平直恒女)
黒田 長元 従五位下
甲斐守
安静院
文山松操
自笑庵
戌次郎 山内豊策五男 1830-60 1867(57) 和歌子=慶子
(長韶女)
黒田 長義 従五位下
甲斐守
太陽院
春窓宗華
長久
順丸
近江守
長元三男
(長韶外孫)
1860-62 1862(18)
黒田 長徳 秋月藩知事 岩虎
篤之允
甲斐守
長元八男 1862-71 1892(45) 芬q
(秋月種殷女)
鐸子
(新政信女)

1871廃藩置県
子爵


東蓮寺藩/直方藩(福岡支藩)

黒田高政(従五位下・東市正。黒田長政四男。1623分家、筑前東蓮寺40,000石)⇒之勝(従五位下・市正)⇒長寛(従五位下・宮内少輔。1677福岡藩主黒田光之の嫡子=綱政となり中絶)⇒長清(従五位下・伊勢守。光之四男。1688東蓮寺を直方と改称し分家、新田50,000石。1720無嗣中絶。明治に入り黒田長知四男・長和が再興して男爵)


三奈木邑主 黒田家(福岡藩領内)

黒田一成(加藤重徳男。黒田孝高・長政家臣。1602筑前三奈木12,000石、後代16,205石)⇒一任−一貫−一春⇒一利−一誠−一興⇒隆庸⇒清定−一葦⇒一美(福岡藩大参事。息子・一義のとき男爵)


久留米藩=有馬家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
有馬 豊氏 従四位下
侍従
玄蕃頭
春林院
如夢道長
万助 有馬則頼二男 1620-42 1642(74)
(徳川家康養女・
松平康直女)
1600福知山城(丹波)
60,000石
1602三田領(摂津)加増
80,000石
1620久留米城
(筑後八郡)
210,000石
有馬 忠頼 従四位下
中務大輔
瓊林院
竜室道雄
忠郷
吉法師
中務少輔
兵部大輔
豊氏長男 1642-55 1655(53) 酒井忠世養女
(西尾忠照女)
有馬 頼利 従四位下
玄蕃頭
霊源院
賢峯道哲
松千代 忠頼長男 1655-68 1668(17)
(松平頼重女)
有馬 頼元 従四位下
侍従
中務大輔
慈源院
忠巌道孝
源四郎 忠頼四男 1668-1705 1705(52) 松平綱隆女

(徳川光友養女・
広幡忠幸女)
有馬 頼旨 従四位下
筑後守
昌林院
謙室道性
万吉 頼元長男 1705-06 1706(22)
有馬 則維 従四位下
侍従
玄蕃頭
梅巌院
嗺翁道秀
虎之助
兵庫
石野則員
(則頼外孫)
二男
1706-29 1738(65)
(谷衛広女)
有馬 頼徸 従四位下
左少将
中務大輔
大慈院
円山道通
其映
左近
穐風閣
則維五男 1729-83 1783(72) 豊子女王
(京極宮家仁
親王王女)
有馬 頼貴 従四位下
左少将
中務大輔
大乗院
寂源道光
定五郎
上総介
頼徸長男 1784-1812 1812(67) 勢代子
(毛利重就女)
有馬 頼端 従四位下
上総介
寛明院
徳巌道祐
長作 頼貴三男 (早世) 1804(26) 八十
(堀田正順女)
有馬 頼徳 従四位下
左少将
玄蕃頭
大良院
譲渓道温
新太郎
華山
月船
水鴎
頼端長男 1812-44 1844(48)
(徳川斉敦女)
有馬 頼永 従四位下
侍従
筑後守
義源院
仁峯道崇
弥作
雲船
良山
頼徳四男 1844-46 1846(25) 晴子
(島津斉興養女)
有馬 頼咸 久留米藩知事 慶頼
孝五郎
対鴎
頼徳七男 1846-71 1881(54) 韶子
(徳川家慶養女・
有栖川宮韶仁
親王王女)

1871廃藩置県
息子・頼万
のとき伯爵


小倉藩/香春藩/豊津藩=小笠原家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
小笠原 忠真 従四位下
侍従
右近将監
福聚寺
徳叟紹勲
忠政
春松丸
大学頭
右近大夫
小笠原秀政二男 1632-67 1667(72)
(本多忠政女)
1617明石城(播磨)
100,000石
1632小倉城(豊前)
150,000石
小笠原 忠雄 従四位下
侍従
右近将監
静照院
暁山紹栄
長真
万松丸
弾正
遠江守
忠真三男 1667-1725 1725(79)
(浅野光晟女)
小笠原 忠基 従四位下
侍従
右近将監
洪済寺
良巌際仁
清貞
清遥
忠遥
忠晴
豊松丸
織部正
遠江守
忠雄長男 1725-52 1752(71)
(浅野綱長女)
小笠原 忠総 従四位下
侍従
左京大夫
諦観院
真乗道円
長規
政之助
只次郎
伊予守
兵部大輔
忠基六男 1752-90 1790(64)
(浅野吉長養女)
小笠原 忠苗 従四位下
侍従
右近将監
浄国寺
寛叟維信
長浮
保三郎
伊予守
小笠原長逵
(忠基二男)
三男
1791-1804 1808(61)
(山内豊敷女)
小笠原 忠固 従四位下
左少将
大膳大夫
瑞巌院
仁沢宗臻
長之
忠徳
亀吉
彦五郎
伊予守
小笠原長為
(長逵二男)
長男
1804-43 1843(74)
(忠苗養女・
忠総女)
小笠原 忠徴 従四位下
侍従
左京大夫
清寛寺
忠山道徴
儔次郎
伊予守
忠固二男 1843-56 1856(49)
(前田斉広女)

(前田斉広女)
小笠原 忠嘉 従四位下
右近将監
義峯院
高鑑道隆
貞嘉
直之進
伊予守
小笠原貞哲四男 1856-60 1860(22)
小笠原 忠幹 従四位下
侍従
大膳大夫
忠幹寺
泰巌義秀
貞幹
鋭吉
兵部少輔
信濃守
小笠原長武二男 1860-65 1865(39) 茂代子
(忠固養女・
忠徴女)
小笠原 忠忱 豊津藩知事 豊千代丸 忠幹長男 1866-71 1897(36) 純子
(上杉斉憲女)

1866小倉を退去、
香春(豊前)に
藩庁新設
1870豊津(豊前)
に藩庁移転
1871廃藩置県
伯爵
貴族院議員


小倉新田藩/千束藩=小笠原家(小倉支藩)

小笠原真方(従五位下・備中守。小笠原忠真四男。1671分家、豊前小倉領内10,000石)⇒貞通(従五位下・近江守)−貞顕(従五位下・弾正少弼)−貞温(従五位下・近江守)−貞哲(従五位下・近江守)−貞謙(従五位下・備後守)⇒貞嘉(=小倉藩主小笠原忠嘉)⇒貞寧⇒貞正(1869豊前千束に藩庁設置、同年廃藩。養孫・寿長のとき子爵)


(2004.02.08up)


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