宮崎県(日向)の主要大名


   宮崎県は古くから熊襲・隼人の居住地域として日向国と呼ばれ、8世紀に薩摩・大隅の両国を分置した残りの部分が日向となりました。『延喜式』では5郡。平安朝期の荘園は宇佐宮領や摂家(島津荘)など。鎌倉期にははじめ島津家、中期より北条一門が守護に任じられました。南北朝期に守護は畠山家・阿蘇家などが任じられ、室町期には1404年から島津家が守護に復帰しました。戦国期には北部に土持家、中部に伊東家、南部に北郷家などの島津一門諸家が領国支配を行いましたが、末期から島津相州家(戦国島津家)の進出が始まり、1578年には日向全土を征服しました。島津家を破った豊臣秀吉は、1587年に諸県郡のみを島津家の所領として認め、他は伊東・秋月・高橋などの諸家の領地として分割しました。江戸中期以降は那珂郡に飫肥藩(伊東家)、宮崎郡に佐土原藩(島津分家)、児湯郡に高鍋藩(秋月家)、臼杵郡に延岡藩(内藤家)などの諸藩が分置されました。1871年の廃藩置県により、美々津県と都城県とが成立、1873年に宮崎県として統一されましたが、1876年には鹿児島県に合併され、1883年に南諸県郡を除く旧日向国を領域として、再び宮崎県が設置されました。

   日向守護職   伊東家→飫肥藩   土持家   北原家   北郷家→都城外城主島津家   島津(豊州)家   島津(中務)家   佐土原藩=島津家   延岡藩   高鍋藩=秋月家 


日向守護職(室町時代)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
島津 貞久 上総介 道鑑 1333-35
細川 頼春 刑部大輔 1335-36
大友 氏泰 孫太郎 清巍 1337?
島津 貞久 上総介 道鑑 1338-?
畠山 直顕 修理亮・治部大輔 1345-52
一色 直氏 宮内少輔・右京権大夫 1352-?
一色 範親 刑部少輔 1357-64
島津 氏久 越後守 齢岳 1375-?
阿蘇 惟武 大宮司 1375-77 南朝方
大友 親世 式部丞 祐高 1383-84
相良 前頼 近江守 立阿 ?-1385 南朝方
今川 貞世 伊予守 了俊 1385
島津 元久 又三郎・陸奥守 恕翁 1391-1411
(以後は島津家-鹿児島県-を参照)


伊東家→飫肥藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
1 工藤 祐隆 工藤大夫 寂心 家次 狩野維次の男? 12C前半 伊東・宇佐美(伊豆)
2 伊東 祐継 武者所 祐次 祐隆男
3 工藤 祐経 左衛門尉 金石
一﨟
祐継男 ?-1193 1193 伊東祐親女
千葉常胤女
失領
(従兄・伊東祐親
と争論の時期)
1180後 復領
4 伊東 祐時 従五位下
大和守
慈光 犬房丸
三郎左衛門尉
祐経長男 1193-1252 1252(68) 三浦某の女
1198日向国内
5 伊東 祐光 従五位下
信濃守
祐光寺
道如
八郎左衛門尉 祐時六男 1266? 後藤基綱女
6 伊東 祐宗 従五位下
大和守
慈証 六郎左衛門尉 祐光二男 後藤基邦女
7 伊東 貞祐 従五位下
安芸守
証観実覚 祐貞
六郎左衛門尉
祐宗長男 後藤宗基女
8 伊東 祐持 従五位下
信濃守
照山光公 香夜叉
六郎左衛門尉
貞祐長男 ?-1348 1348 山内肥藤女
児湯郡都於郡城(日向)
9 伊東 氏祐 従五位下
大和守
興禅寺
実山真公
祐重
虎夜叉丸
六郎三郎
祐持二男 1348-78 1378(55) 守永下野守女
10 伊東 祐安 従五位下
大和守
浄喜寺
悦山常喜
六郎三郎 氏祐長男 1378-1434 1434 木脇長祐女
11 伊東 祐立 従五位下
大和守
福王寺
福庵道祐
六郎三郎 祐安長男 1434-44 1444 土持某の女
12 伊東 祐堯 大和守 総昌院
源徳本公
六郎左衛門尉 祐立長男 1444-80? 1485(77) 土持某の女
13 伊東 祐国 大和守 光照寺
笑山観公
六郎左衛門尉 祐堯長男 1480?-85 1485(38) 佐土原修理亮女
14 伊東 尹祐 大和守 大用寺
大用慈全
祐良
六郎
祐国長男 1485-1523 1523(56) 阿蘇惟乗女
15 伊東 祐充 大和守 岳総寺
岳総義幸
祐脩
祐裔
虎乗丸
六郎
尹祐二男 1523-33 1533(24) 北郷金吾女
16 伊東 祐吉 六郎十郎 尹祐四男 1533-36 1536
17 伊東 義祐 従三位
大膳大夫
金柏寺
直翁照眼
祐清
虎熊丸
万歳軒
可水
六郎五郎
修理大夫
尹祐三男 1536-60 1585(73) 那珂郡佐土原城(日向)
に移転
18 伊東 義益 従四位下
左京大夫
円光院
桂円法光
虎房丸
六郎
義祐二男 1560-69 1569(24) 喜多
(一条房基女)
19 伊東 義賢 左京亮 罷山全休 義綱
義荘
慶竜丸
三左衛門
バルトロメオ
義益長男 1569-75 1593(27)
1575失領
20 伊東 祐兵 従五位下
豊後守
報恩寺
心関宗安
虎熊丸
六郎五郎
民部大輔
義祐三男 1587-1600 1600(42) 阿虎
(義益女)
1582再興
丹南郡内(河内)
500石
1587飫肥城(日向)
36,000石
21 伊東 祐慶 従五位下
修理大夫
東禅寺
泰雲玄興
熊太郎
左京亮
祐兵長男 1600-36 1636(48)
1605再検地
57,080石
22 伊東 祐久 従五位下
大和守
慈雲院
天岳玄竜
鶴千代
藤松
祐慶長男 1636-57 1657(49) 滝川法直女
1636分知
54,080石
23 伊東 祐次 従五位下
左京亮
法泉院
瑞雲宗鳳
祐由
藤松丸
左京
祐久長男 1657-61 1661(31) 姉小路公景女
1657分知
51,080石
24 伊東 祐実 従五位下
大和守
洞林院
佺叟丹心
彦松
監物
出雲守
祐久四男 1661-1714 1723(80) 秋田盛季女
鍋島光茂女
25 伊東 祐永 従五位下
修理亮
玄証院
霊鑑自覚
狩野助
求馬
豊後守
伊東祐信男 1714-39 1739(51) 祐実養女
(伊東祐崇女)
26 伊東 祐之 従五位下
大和守
天受院
仁空義真
熊太郎 祐永九男 1739-44 1744(18)
27 伊東 祐隆 従五位下
修理大夫
慈広院
節山玄義
他七郎
左門
祐永三男 1744-57 1757(42) 愛宕通晴女
28 伊東 祐福 従五位下
出雲守
広徳院
大安道樹
虎三郎
豊後守
大和守
祐隆長男 1757-81 1781(42)
(中川久貞女)
29 伊東 祐鐘 従五位下
左京亮
崇賢院
洽岳仁融
祐粛
虎三郎
祐福三男 1781-98 1798(27) 稲葉弘通女
30 伊東 祐民 従五位下
修理大夫
泰梁院
通峯玄津
鵜三郎 祐鐘長男 1798-1812 1812(21)
(浅野重晟女)
31 伊東 祐丕 従五位下
修理大夫
玄徳院
三要宗心
鎌五郎 祐鐘二男 1812-14 1814(18)
32 伊東 祐相 飫肥藩知事 寵卿 彦松
修理大夫
左京大夫
祐民長男 1814-69 1874(63)
(水野忠邦女)
33 伊東 祐帰 飫肥藩知事 彦松
修理大夫
祐相長男 1869-71 1894(40) 千賀(木下俊敦女)
文子(岩倉具慶女)
久子(酒井忠禄女)

1871廃藩置県
子爵


土持家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
土持 宣綱 土持冠者 栄妙 信綱 田部妙綱男
日下部盛平養子
1187-? 諸県郡国富荘(日向)
土持 道綱 右衛門尉 通綱 宣綱長男 臼杵郡の県(=「あがた」
日向)一帯
土持 惟綱 新左衛門尉 道綱男
土持 政綱 惟綱男
土持 国綱 刑部左衛門尉 政綱男
土持 宣栄 左兵衛尉 家栄?
栄宣?
国綱男 1335後-?
土持 時栄 八郎 頼宣?
豊前守?
宣栄男 1357後-?
土持 宣弘 下野守 直綱
遠江守
時栄男(従兄弟の子?)
土持 秋綱 豊前守 章綱 宣弘男
土持 全宣 次郎太郎 全綱
下野守?
秋綱男 1429前-?
宝坂城(日向)
土持 宣綱 孫太郎 左衛門尉 全宣男 ?-1458 1458
松尾城(日向)
土持 金繁 五郎太郎 金繁? 宣綱男 1458-68 1468
土持 常綱 左衛門大夫 金繁男 1468-?
土持 親栄 尾張守 常綱男
土持 親佐 日向守 範敦 親栄男
土持 親成 右馬頭 弾正少弼 親佐男 ?-1578 1578 佐伯惟常女
1578滅亡

   【財部土持家】
土持 景綱 左衛門尉 宣綱二男 13C前半 財部(日向)
土持 光綱 左衛門五郎 景綱二男
土持 継綱 光綱男
土持 助綱 継綱男
土持 親綱 三河守 左衛門太郎 助綱男 14C中葉
土持 朝綱 甲斐守 親綱男
土持 興綱 朝綱男
土持 金綱 三河守 興綱男 1456
土持 高綱 右衛門太郎 金綱男
土持 是綱 孫三郎 惟綱 高綱男 ?-1457
1457失領
伊東家に降伏


北原家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
北原 兼延 右馬頭 兼命 安楽兼貞二男
救仁郷兼持養子
真幸院飯野城(日向)
北原 兼幸 右兵衛佐 兼之 兼延男 1345前-?
北原 兼貞 左馬頭 又八郎 兼幸男
北原 玄兼 右馬頭 兼貞男
北原 玄幸 左馬頭 天定 玄兼男
北原 延兼 又太郎 太郎
又太郎
右京進
玄幸男
北原 範兼 周防守 久天玄昌 玄幸男
北原 久兼 左馬頭 天叟玄祐 周防守 範兼男 15C前半
北原 兼興 長門守 久兼男
北原 貴兼 長門守 昌宅 又五郎 兼興男
北原 立兼 長門守 貴兼三男 ?-1485 1485
北原 茂兼 中務大輔 又四郎 北原兼門
(貴兼二男)の男
1485-88
北原 兼珍 民部少輔 大樹玄棟 貴兼四男 1488-?
北原 久兼 民部少輔 兼久 兼珍長男
北原 祐兼 又八郎 久兼男
北原 兼守 又八郎 大湯昌雪 兼尊 祐兼男 ?-1560 1560
1560没後、伊東家に併合
北原 兼親 掃部助 又太郎 北原兼奉
(茂兼二男)の男
1561-78 1578(38) 1561再興
飯野城
1564神殿(薩摩)
島津家被官
北原 兼茂 治部左衛門 雅楽介 比志島義基二男 1578-1640 1640(75)
子孫は知行400石
島津家臣


北郷家→都城外城主島津家 (江戸期には薩摩藩領内)

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
北郷 資忠 尾張守 山久院
月窓道明
七郎右衛門尉 島津忠宗六男 1359 1351諸県郡北郷(日向)
北郷 義久 讃岐守 無塵道端 誼久
宮二郎
資忠長男
北郷 久秀 藤二郎 薦福寺
日山妙旦
義久三男 1394
北郷 知久 中務少輔 天岩融善 義久五男
北郷 持久 讃岐守 福持庵
無極道悦
次郎 知久長男 ?-1453 1470(62)
1453失領
北郷 敏久 讃岐守 二巌寺
歓翁道喜
次郎 持久長男 1468-? 1500(72) 1468再興
安永城(日向)
1476都城(日向)復帰
北郷 数久 尾張守 釣璜院
哲翁忠英
次郎 敏久長男 1521
北郷 忠相 讃岐守 竜峯寺
仙巌浄永
左衛門尉 数久長男 1559(73) 島津家被官
北郷 忠親 尾張守 次郎左衛門尉 忠相長男 ?-1549
(島津豊州継嗣)
1571(67) 島津家被官
北郷 時久 讃岐守 竜峯寺
月庭梁新
忠豊
二郎右衛門尉
一雲斎
忠親長男 1549-96 1596(66) 1595祁答院(薩摩) 島津家臣
北郷 忠虎 讃岐守 天清寺
天室常清
弾正忠 時久二男 (早世) 1594(39)
北郷 忠能 讃岐守 剛岳常金 長千代丸
次郎
忠虎長男 1596-1631 1631(41)
1600都城
35,000余石
島津家臣
北郷 翁久 山城守 覚心皎円 長千代丸 忠能長男 (早世) 1628(19)
北郷 忠亮 出雲守 大岩正広 虎菊丸
権頭
忠能二男 1631-34 1634(21) 島津家臣
北郷久直(忠亮養子。従五位下・式部少輔)⇒久定⇒島津忠長⇒久理-久竜-久茂-久般⇒久倫-久統-久本-久静-久寛(息子・
久家のとき男爵)


島津(豊州)家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
島津 季久 越後守 総禅寺
題橋為柱
二郎三郎
修理亮
島津久豊三男 1477(65) 姶良郡帖佐(大隅)
島津 忠廉 修理亮 公久
二郎三郎
季久長男 1491(52)
1486那珂郡飫肥城(日向)
島津 忠朝 豊後守 忠徳
忠頼
二郎三郎
右馬助
忠廉男 ?-1538 1540(75)
島津 忠広 豊後守 永徳寺
円翁智鑑
忠真
二郎三郎
右馬頭
忠朝男 1538-49 1551(69) 島津家被官
島津 忠親 豊後守 天香寺
齢崗永寿
次郎左衛門尉
尾張守
(致仕後)
泰心斎
北郷忠相長男 1549-69 1571(67)
1569失領
薩摩国内に移転
島津家被官
島津 朝久 豊後守 月江善柱 藤二郎 忠親二男 1569-93 1593 大隅国内に所領
1578後、日向国内
1587平松(大隅)
島津家臣
島津 久賀 豊前守 梅月宗寒 久嘉
藤次郎
豊後守
朝久長男 1593-1644 1644(63)
1600長野(大隅)
1,000余石
1607平松
1632黒木(薩摩)
島津家臣
島津久守(久賀長男)以降、薩摩島津家一所持として、代々黒木1,300余石を知行して存続。


島津(中務)家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
島津 家久 中務少輔 長策梅天 又七郎 島津貴久四男 ?-1587 1587(41) 1584佐土原城(日向) 島津家被官
1587分家大名
島津 豊久 侍従
中務大輔
天岑昌運 忠豊
豊寿丸
又七郎
家久長男 1588-1600 1600(31)
28,600石?
1600中絶
島津 忠栄 中務大輔 貴宗公胤 三郎四郎 喜入忠続長男 1604-24 1624(28) 1604再興
永吉(薩摩)
島津家臣
島津久雄(忠栄養子)以降、薩摩島津家一所持として、代々永吉4,000余石を知行して存続。


佐土原藩=島津家 (薩摩支藩)

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
島津 以久 従五位下
右馬頭
高月院
照誉宗恕
幸久
征久
堯仁房
又四郎
島津忠将
(忠良二男)
長男
1603-10 1610(61) 北郷時久女 1561清水城(大隅)
1588上井城(大隅)
1597種子島(大隅)
1599垂水城(大隅)
1603佐土原(日向)
30,000石
島津 忠興 従五位下
右馬頭
青蓮院
崇誉原隆
堯秀房
右馬允
以久三男 1610-37 1637(39) 松木清長養女
島津 久雄 従五位下
但馬守
見光院
真誉隆巌
万寿丸
堯仁房
右馬頭
忠興長男 1637-63 1663(31)
(島津光久女)
島津 忠高 従五位下
飛騨守
松巌院
隆誉崇雲
久英
国久
万寿丸
堯英坊
又四郎
久雄長男 1664-76 1676(26) 亀井茲政女
島津 久寿
(番代)
従五位下
式部少輔
青原院
徳誉勇信
義哲
鶴千代丸
又吉郎
島津久富
(忠興二男)
長男
1676-90 1693(30)
島津 惟久 従五位下
淡路守
自得寺
竜淵道水
忠充
万吉
又次郎
左京
忠高長男 1690-1723 1738(63) 酒井忠隆女

(島津綱貴養女)

1690久寿に分知
27,000石
1699城主
島津 忠雅 従五位下
加賀守
仁寿院
忍斉慈照
万寿丸
又四郎
但馬守
惟久三男 1723-53 1784(83) 鳥居忠瞭女
島津 久柄 従五位下
但馬守
法林院
柱誉宗哲
勇進
万寿丸
又四郎
淡路守
忠雅三男 1753-85 1805(72)
(島津貴儔女)
島津 忠持 従五位下
淡路守
徳寿院
仁誉崇興
翫山
勝丸
又之進
久柄三男 1785-1816 1831(66)
(島津重豪養女)
島津 忠徹 従五位下
飛騨守
徳元院
直誉実道
鶴山
護之助
又四郎
筑後守
忠持長男 1816-39 1839(43)
(島津斉宣女)
島津 忠寛 佐土原藩知事 徳次郎
佐嘉江
又之進
淡路守
忠徹二男 1839-71 1896(69)
(松平光庸女)

1871廃藩置県
長男・忠亮
のとき伯爵


延岡藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考

   〔高橋家〕
高橋 元種 従五位下
右近将監
知白宗信 種直
忠光
長行
九郎
秋月種方五男
高橋鑑種養子
1587-1613 1614(44) 1579小倉城(豊前)
1587県(=延岡)城(日向)
53,000石
1614富田信高に
連座、改易

   〔有馬家〕
有馬 直純 従五位下
左衛門佐
月光院
身誉宗出
大吉 有馬晴信長男 1614-41 1641(56)
(徳川家康養女
=本多忠政女)
1612日野江城(肥前)襲封
40,000石
1614延岡城
53,000石
有馬 康純 従五位下
左衛門佐
嘉祥院
徹洞宗通
大助
蔵人
(致仕後)
緞宿
直純長男 1641-79 1692(80) 水野忠清女
阿部忠秋養女

1641分知
50,000石
有馬 清純 従五位下
左衛門佐
永純
大吉
周防守
康純長男 1679-91 1702(59) 岡部行隆女
世伊
(脇坂安政女)

1691糸魚川(越後)転封

   〔三浦家〕
三浦 明敬 従五位下
壱岐守
平五郎
左兵衛
三浦安次長男 1692-1712 1725(68) 鍋島光茂養女
田中満吉女
1682壬生城(下野)襲封
20,000石
1692延岡城
23,000石
1712刈谷城(三河)転封
奏者番

   〔牧野家〕
牧野 成央 従五位下
備後守
霊光院
不昧万徽
七之助
大学
牧野成春長男 1712-19 1719(21)
(鳥居忠英女)
1707吉田城(三河)襲封
80,000石
1712延岡城
牧野 貞通 従四位下
侍従
備後守
貞倶
幸之助
越中守
牧野成貞
(成春養父)
三男
1719-47 1749(40) 松浦篤信女
1747笠間城(常陸)転封
京都所司代

   〔内藤家〕
内藤 政樹 従五位下
備後守
厳正院
法誉方演
兼山
仰松軒
沾城
豊松
民部
内藤義英長男
内藤義稠養子
1747-56 1766(64) 1718磐城平城(陸奥)襲封
1747延岡城
内藤 政陽 従五位下
能登守
愿敬院
輪誉峻徳
法山
億助 内藤政里二男 1756-70 1781(45) 岡部長著女
内藤 政脩 従五位下
右京亮
尚徳院
宣誉融光
暁山
睦精
徳十郎
備後守
徳川宗勝十四男 1770-90 1805(54) 政陽女
内藤 政韶 従五位下
能登守
孝猷院
気山
五郎松
金一郎
政陽二男 1790-1802 1802(27)
内藤 政和 従五位下
備後守
敬徳院
仁誉晃玉
倚山
亀之進
帯刀
政脩二男 1802-06 1806(18)
内藤 政順 従五位下
右京亮
海上院
光誉流泉
明山
政恵
亀之進
政韶二男 1806-34 1834(37) 繁子
(井伊直中女)
内藤 政義 右近将監 銓之助
帯刀
能登守
井伊直中十五男 1834-62 1888(69)
(立花鑑賢女)
豊子
(溝口直諒女)
内藤 政挙 延岡藩知事 寛次郎
備後守
太田資始三男 1862-71 1927(76) 信子
(内藤政又女)
鈴子
(織田長易女)
英子
(堀河親賀女)

1871廃藩置県
子爵


高鍋藩=秋月家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
秋月 種長 長門守 竜雲院
雄山俊栄
三郎 秋月種実長男 1587-1614 1614(48) 彦山舜有女 1587秋月城(筑前)襲封
同年、高鍋城(日向)
30,000石
秋月 種春 従五位下
長門守
大洋院
古巌宗帆
種孝
種隣
黒帽子
三郎
秋月種貞長男
(種長外孫)
1614-59 1659(50) 佐久間勝之女
秋月 種信 従五位下
佐渡守
天沢院
竜山宗雲
黒帽子
兵部
主殿
種春長男 1659-89 1699(69) 松浦隆信女
秋月 種政 従五位下
長門守
天祐院
慶岳宗善
万作
兵部
山城守
種信二男 1689-1710 1716(59) 松浦棟女
1689分知
27,000石
秋月 種弘 従五位下
長門守
瑞応院
恵山宗定
黒帽子
兵部
河内守
山城守
種政長男 1710-34 1753(67) 中川久通女
秋月 種美 従五位下
佐渡守
竜光院
英巌宗俊
兵部
(致仕後)
長門守
種弘長男 1734-60 1787(70)
(黒田長貞女)
秋月 種茂 従五位下
佐渡守
清観院
真乗宗円
種頴
黒帽子
兵部
山城守
(致仕後)
右京亮
種美長男 1760-88 1819(77)
(松平明矩女)
秋月 種徳 従五位下
山城守
泰雲院
実山宗真
黒帽子
兵部
種茂長男 1788-1807 1807(45) 誠子
(亀井矩貞女)
安子
(松平光和女)
秋月 種任 従五位下
筑前守
俊徳院
寛道宗裕
栄三郎
佐渡守
種徳二男 1808-43 1856(66) 寵子
(池田治道女)

(脇坂安董女)
秋月 種殷 高鍋藩知事 黒帽子
松之助
栄之助
佐渡守
長門守
種任長男 1843-71 1874(58)
(上杉斉定女)
雪子
(黒田長韶女)

1871廃藩置県
弟・種樹の
とき子爵



(2016.07.01up)


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