長崎県の主要大名


 長崎県は古くは火の国の一部であり、また海上に伊吉(=壱岐)・津島(=対馬)がありました。7世紀末に肥前国が置かれ、『延喜式』では肥前に高来・彼杵・松浦等の諸郡があり、壱岐は壱岐・石田の2郡、対馬は上県・下県の2郡でした。平安朝の荘園としては宇野御厨・彼杵荘など。鎌倉期には武藤(少弐)家が肥前・壱岐・対馬等の守護職となりましたが、肥前はのち北条一門が守護に任じられました。南北朝期・室町期には肥前守護の一色・今川・渋川の諸家と少弐家とが対立、その間に在地武士勢力が台頭しました。戦国期には対馬に宗家、壱岐・松浦に松浦党、彼杵に大村家、高来に有馬家などが分立、のち竜造寺家が肥前の大部分に勢力を及ぼし、末期には島津家も進出しました。豊臣秀吉は1587年に在地の諸大名の本領を安堵し、教会(イエズス会)領の長崎を没収して奉行を置きました。江戸期に入ると、有馬家が転封されたのを除いて、他の諸家はそろって近世大名に移行しました。対馬に対馬藩(宗家)、松浦郡(北)および壱岐に平戸藩(松浦家)、五島に五島藩、彼杵郡に大村藩、高来郡に島原藩(中期以降は深溝松平家)が分立し、長崎は幕領として開港場となり、また肥前の一部は佐賀藩領でした。1871年の廃藩置県により長崎県が成立、1876年に三潴県の一部を併合、1883年に佐賀県が分立して、長崎県の県域が確定しました。

 対馬守護職   壱岐守護職   宗家→対馬藩   松浦家→平戸藩   平戸新田藩=松浦家   五島(宇久)家→五島藩   大村家→大村藩   有馬家   島原藩   諫早邑主諫早家


対馬守護職(室町時代)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
少弐 貞経 大宰少弐・筑後守 妙恵 ?-1334
少弐 頼尚 大宰少弐・筑後守 本通 1334-61
少弐 冬資 大宰少弐・筑後守 存覚 1361-75
少弐 頼澄 大宰少弐 本富 1369-75 南朝方の守護
(以後は宗家を参照)


壱岐守護職(室町時代)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
志佐 有 左近将監 1351 足利直冬方の守護
宗像 氏俊 1365-71
宗像 氏頼 弥松丸 1371
今川 貞世 伊予守 了俊 1378-95


宗家 → 対馬藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
 1 宗 資国 右馬允 助国 惟宗氏支族 ?-1274 1274 立石盛昌女 対馬地頭代
 2 宗 盛明 右馬太郎 資国男 1274-98前
 3 宗 盛国 右馬頭 妙意 盛明男 1298前-1349? 1349?
 4 宗 経茂 刑部丞 宗慶 彦次郎 盛国長男 1349?-74頃 1375後
 5 宗 澄茂 伊賀守 仁位頼次
(盛国二男)
の男
1374頃-92/3
対馬国
一円支配
1378-
対馬守護
 6 宗 頼茂 右馬大夫 澄茂男 1392/3-98? 1402? 対馬守護
 7 宗 貞茂 讃岐守 長松寺
青山昌栄
刑部少輔 宗霊鑑
(経茂男)の男
1398?-1418 1418 1400-03
対馬守護
 8 宗 貞盛 讃岐守 円通寺
万悦元勝
都々熊丸
彦六
右馬
貞茂長男 1418-52 1452(68) 1414-52
対馬守護
 9 宗 成職 刑部少輔 妙泉寺
貽宗昌玖
千代熊丸
彦六
貞盛長男 1452-67 1467(49) 対馬守護
10 宗 貞国 刑部少輔 国分寺
中室宗玄
彦七 宗盛国
(貞茂二男)
二男
1467/8-94/5 1494/5 対馬守護
11 宗 材盛 刑部少輔 達磨院
秀峯宗高
盛貞
貞秀
彦七
貞国三男 1494/5-1507/8 1507/8 対馬守護
12 宗 義盛 讃岐守 竜源院
悦翁宗喜
盛順
対馬守
材盛長男 1507/8-20 1520(45) 対馬守護
13 宗 盛長 佐渡守 東泉寺
月浦宗敲
彦次郎 宗盛家
(材盛三男)
の男
1520-26 1526(25) 対馬守護
14 宗 将盛 刑部少輔 慶竜院
雲皐透鶴
盛賢
彦八郎
宗盛弘男 1526-39 1573(65)
1528
対馬府中城
15 宗 晴康 讃岐守 西福寺
桃林宗春
貞泰
晴茂
宗盛俊男
(将盛伯父)
1539-53 1563(89) 宗国親女 1542-53
対馬守護
16 宗 義調 讃岐守 長寿院
椿齢宗寿
一鴎斎
義綱
義親
熊太郎
彦七
刑部少輔
晴康長男 1553-66 立石宗佐女 1555-60
対馬守護
17 宗 茂尚 刑部少輔 山静院
歓翁宗慶
調尚 将盛二男 1566-69 1569(23)
18 宗 義純 常陸介 天翁宗夏 調弘
貞氏
貞信
助四郎
将盛三男 1569-79 1580
19 宗 義智 対馬守 万松院
石翁宗虎
昭景
彦三
彦七
将盛五男 1579-87 マリヤ
(小西行長女)

(阿比留某の女)
20 宗 義調
(再承)
讃岐守 1587-88 1588(57)
1587本領安堵
対馬一国
21 宗 義智
(再承)
従四位下
侍従
対馬守
1588-1615 1615(48)
22 宗 義成 従四位下
侍従
対馬守
光雲院
性岳宗見
貞光
彦七
彦三
義智長男 1615-57 1657(54)
(日野資勝女)
23 宗 義真 従四位下
侍従
対馬守
天竜院
高巌宗屋
彦満
播磨守
(致仕後)
刑部大輔
義成長男 1657-92 1702(64)
(京極高和女)
24 宗 義倫 従四位下
侍従
対馬守
霊光院
心岳宗観
義竜
右京
右京大夫
義真二男 1692-94 1694(24)
(溝口重雄女)
25 宗 義方 従四位下
侍従
対馬守
大衍院
真乗宝輪
真氏
次郎
義真四男 1694-1718 1718(35) 喜伊
(有馬頼元女)

1700より
100,000石
以上の格
26 宗 義誠 従四位下
侍従
対馬守
大雲院
玉楼高岳
方誠
増之介
式部
義真七男 1718-30 1730(38)
(樋口真峯女)
27 宗 方煕 従四位下
侍従
対馬守
清浄院
涼地心水
竹寿
主馬
(致仕後)
民部大輔
義真九男 1731-32 1759(64)
(樋口真連女)
28 宗 義如 従四位下
侍従
対馬守
円鏡院
正空妙因
弥一
刑部大輔
義誠長男 1732-52 1752(37) 喜和
(細川宣紀女)
29 宗 義蕃 従四位下
侍従
対馬守
大順院
法如超禅
如苗
浅之允
主水
(致仕後)
式部大輔
義誠二男 1752-62 1775(59)
(古川誠恒女)
30 宗 義暢 従四位下
侍従
対馬守
真常院
旋法循空
如資
直丸
槌之介
直之介
義如三男 1762-78 1778(37)
(松平頼恭女)
31 宗 猪三郎 高源院 (義功) 義暢四男 1778-85 1785(15) (夭折のため
内密に義功が
すり替わる)
32 宗 義功 従四位下
侍従
対馬守
浄元院
明円宗秩
富寿
猪三郎
義暢六男 1785-1812 1813(41)
(大炊御門家孝女)
(表向きは
猪三郎と
同一人物)
33 宗 義質 従四位下
左少将
対馬守
啓祐院 功茂
岩千代
義功二男 1812-38 1838(39) 喜久
(前田利謙女)
34 宗 義章 従四位下
侍従
対馬守
兆徳院 彦満 義質長男 1839-42 1842(26) 万寿子
(毛利斉煕女)
35 宗 義和 対馬守 章貞
兵次郎
兵部
義質二男 1842-62 1890(73) 嘉代
(浅野斉賢女)
36 宗 重正 厳原藩知事
(廃藩後)
外務大丞
義達
善之允
義和三男 1862-71 1902(56) 綱子
(鍋島直正養女)

1869確定
52,174石
1871廃藩置県
伯爵


松浦家 → 平戸藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
 1 松浦 久 従五位下
検非違使
宇野御厨検校
新太郎 未詳 1148(85) 松浦郡内
(肥前)
 2 松浦 押 源太郎 久長男 松浦御厨荘
 3 松浦 直 源四郎大夫 御厨検校 押長男
(今福松浦家) 
  松浦 清 源三郎 直長男 1199前後 松浦御厨荘 嫡流家
  松浦 廻 執行源二郎 清長男 相神浦(肥前)
に本拠を置く
  松浦 直 丹後権守 廻長男
  松浦 定 丹後権守 直の男 1279頃
  松浦 正 丹後二郎 鷹島長の男
  松浦 清 丹後守 正長男 1333後
  松浦 直 丹後守 正二男
  松浦 勝 丹後権守 直(丹後守)男
  松浦 延 丹後権守 勝の男
  松浦 進 丹後守 延の男
  松浦 盛 丹後守 進の男 大智庵城
(肥前)を築く
  松浦 定 丹後守 盛の男 1491前-98 1498
  松浦 政 丹後守 定の男 1498 1498
1498中絶
  松浦 親 丹後守 宗全 幸松丸 政長男 1512-66 1512再興
飯盛城(肥前)
  松浦 親 丹後守 了心 九郎 隆信(道可)
三男
1566-?
1566以後
平戸松浦家に
服属
(平戸松浦家) 
 4 峯 披 五郎 直五男 御厨峯邑 庶子家
 5 峯 持 源藤次 照山 披長男
 6 峯 繋 源三郎 繁? 持長男 平戸・峯
(肥前)
 7 峯 湛 又五郎 宇久太の男
 8 峯 省 五郎 直(丹後権守)
の男
 9 平戸 答 源五郎 湛長男 1281頃
10 平戸 貞 肥前守 答長男 1333頃
11 松浦(平戸)勝 三郎 興栄 答二男
平戸城を
築く
肥前国司
12 松浦(平戸)理 八郎 答三男
13 松浦(平戸)真 薩摩守 安正 直? 勝長男
14 松浦(平戸)騰 肥前守 正林
昌栄
勝? 真二男
15 松浦(平戸)芳 肥前守 是興 騰長男
16 松浦(平戸)義 肥前守 天叟 騰四男 1437前-41後
17 松浦(平戸)
豊久
肥前守 天翁淳公 義長男
18 松浦(平戸)
弘定
肥前守 覚翁

純信
豊久長男
19 松浦 興信 肥前守 高齢 志佐純本
(豊久二男)
の男
1540前-50頃
20 松浦 隆信 肥前守 尊勝院
印山道可
源三郎 興信長男 1550頃-68 1599(71) 波多忠武女
杉隆景長女
杉隆景二女
1566総領
家を降し、
下松浦支配
21 松浦 鎮信 肥前守
式部卿法印
慈源院
天融源長
宗静
源三郎 隆信長男 1568-1601 1614(66) 西郷純隆女
1569壱岐を
併合
1587本領安堵
平戸城
(肥前松浦
郡の一部
および壱岐
国一円)
63,196石
22 松浦 久信 肥前守 豊心院
泰岳常安
源三郎 鎮信長男 1601-02 1602(32) メンシヤ
(大村純忠女)
23 松浦 隆信 従五位下
壱岐守
正宗院
向東宗陽
融斎
千代丸
源三郎
肥前守
久信長男 1602-37 1637(47)
(牧野康成女)
24 松浦 鎮信 従五位下
肥前守
天祥院
慶巌徳祐
退静翁
千代
源三郎
隆信(宗陽)
長男
1637-89 1703(82) 松平忠国女
1664分知
残61,696石
25 松浦 棟 従五位下
壱岐守
雄香院
俊林宗英
履担斎
源三郎 鎮信(天祥)
長男
1689-1713 1713(68)
(松平信綱女)
寺社奉行
26 松浦 篤信 従五位下
肥前守
松英院
逸巌俊翁
数馬 鎮信(天祥)
四男
1713-27 1756(73)
(稲葉正則女)
27 松浦 有信 従五位下
壱岐守
等覚院
天麟英心
松千代
源三郎
篤信長男 1727-28 1728(19)
28 松浦 誠信 従五位下
肥前守
誠岳院
英山紹俊
吉松
数馬
篤信二男 1728-75 1779(69)
松浦 政 従五位下
壱岐守
政功院
蓬山宗丘
甚三郎
左次馬
誠信三男 (早世) 1771(37)
(真田信安女
29 松浦 清 従五位下
壱岐守
豊功院
静山流水
感恩斎
英三郎 政長男 1775-1806 1841(82)
(松平信礼女)
30 松浦 煕 従五位下
肥前守
竜瑞院
乾乾観中
乾斎
三穂松 清三男 1806-41 1867(77)
(松平定信女)
31 松浦 曜 従五位下
壱岐守
諦乗院
得脱祥瑞
得庵
安丸
源三郎
煕長男 1841-58 1858(47)
(加藤泰済女)
イサ
(青山忠裕女)

(岡部長慎女)
32 松浦 詮 制度局副総裁
平戸藩知事
(廃藩後)
第十五国立
銀行取締役
朝吉郎
源三郎
松浦穐
(煕三男)
長男
1858-71 1908(69)
(松浦皓女)
澄子
(青山幸哉女)

1871廃藩置県
伯爵
貴族院議員


平戸新田藩=松浦家

松浦昌(平戸藩主松浦鎮信=天祥の二男。1689分家、平戸領内10,000石)−邑−鄰(従五位下・豊後守)⇒致(従五位下・大和守)−宝(従五位下・伊予守)−矩(従五位下・豊後守)⇒良(従五位下・織部正)⇒皓(従五位下・豊後守)−脩(左近将監。1870廃藩。孫・靖のとき子爵)


五島(宇久)家 → 五島藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
 1 宇久 家盛 肥前守 次郎 末羅国造
後裔?
宇久島(肥前)
 2 宇久 扇 家盛男
 3 宇久 三郎太 義貞?
次郎
扇の男
 4 宇久 進 次郎 三郎太男
 5 宇久 競 次郎 進の男 1282
 6 宇久 披 孫次郎 競の男
 7 宇久 実 遠江守 次郎三郎 披の男
 8 宇久 覚 尾張守 次郎三郎 実の男
福江岐宿築城(肥前)
 9 宇久 勝 伊豆守 松熊丸
次郎
覚の男
福江辰ノ口城(肥前)
10 宇久 基 次郎 勝の男
11 宇久 儀 次郎 基の男
12 宇久 定 又次郎 儀の男
13 宇久 勝 次郎三郎 定の男
14 宇久 幡 尾張守 次郎三郎 勝(二世)
の男
15 宇久 覚 次郎三郎 幡の男
16 宇久 囲 肥前守 次郎三郎 覚(二世)
の男
1507
17 宇久 盛定 大和守 大円寺
桂梁松月
盛貞
次郎三郎
囲の男 松浦某の女
1526福江江川城(肥前)
18 宇久 純定 淡路守 大円寺
永讃仰歓
左衛門尉 盛定長男 ?-1576 1576
19 宇久 純堯 左衛門大輔 ルイス
清浄寺
竜山宗辰
次郎三郎 純定二男 1576-79 1579(34) マリヤ
(宇久盛重女)
20 五島 純玄 従五位下
若狭守
大円寺
子峰源師
次郎
修理大夫
大和守
純定孫 1579-94 1594(33) 松浦鎮信養女
(西郷純尚女)

1587本領安堵
福江江川城
15,530石
21 五島 玄雅 従五位下
淡路守
大円寺
天幢奕叟
孫次郎
孫右衛門
純定三男 1594-1612 1612(65) 大久保家次女
22 五島 盛利 従五位下
淡路守
大円寺
傑山伝英
兵部
孫次郎
宇久盛長
(盛定孫)
長男
1612-42 1642(52)
(永留八太女)

(七里玄通女)

1614福江石田浜
に移転(江川城
焼失のため)
23 五島 盛次 孫次郎 大円寺
昌屋泰久
孫平太 盛利長男 1642-55 1655(38) 櫛笥隆朝女
24 五島 盛勝 従五位下
淡路守
松岩院
罷屋寿休
万吉
主税
盛次長男 1655-77 1678(34) アキ
(奥平忠昌女)

1655分知により
12,530石
25 五島 盛暢 従五位下
佐渡守
清涼院
良岳英温
盛満
主税
飛騨守
盛勝二男 1677-91 1691(30) 本多重昭女
貞正
(松平定重女)
26 五島 盛住 従五位下
大和守
覚岸院
天量和睟
盛高
国千代
万吉
主税
近江守
盛暢長男 1691-1728 1734(48) 堀田正虎養女
27 五島 盛道 従五位下
淡路守
大円寺
向山見外
源吉
伝之助
主税
大和守
盛住長男 1728-69 1780(70) 逵子
(井上正定女)
28 五島 盛運 従五位下
近江守
泰源院
徳芳良仁
豊熊
孫次郎
大和守
盛道五男 1769-1809 1809(57) 加奈子
(戸田氏之女)
三保子
(土井利里養女)
29 五島 盛繁 従五位下
弾正少弼
泰寿院
法蓮崇徳
繁千賀
大和守
(致仕後)
玄蕃頭
盛運三男 1809-29 1865(75) 磯子
(松平直恒女)
30 五島 盛成 大和守 万次郎
左衛門尉
盛繁長男 1829-58 1889(75)
1849福江石田城
31 五島 盛徳 福江藩知事 竹吉
孫次郎
近江守
飛騨守
盛成三男 1858-71 1875(36) 鏡子
(酒井忠器女)

1871廃藩置県
息子・盛主
のとき子爵


大村家 → 大村藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
 1 大村 七郎太郎 出自未詳 1237前後 彼杵荘内
(肥前)
 2 大村 景家 平姓原氏族
(七郎太郎と
の関係不明)
原慶聖女 藤津郡大村
(肥前)
 3 大村 家信 又二郎 持蓮 景家男 1281前-89後
 4 大村 家直 太郎 妙意 家信男 1306前-34後
彼杵荘
 5 大村 純世 彦太郎 家直男
 6 大村 純実 小太郎? 純童丸 純世男
 7 大村 家有 中務大輔 大村丹後守
(家直孫?)
の男
1411? 彼杵大村
(肥前)
純実から
の相続の
実態未詳
 8 大村 家徳 家有男
 9 大村 家親 日向守 家徳男
10 大村 純治 民部大輔 顕徳院
睿明聡翁
胤明 家親男 ?-1471 1471
大村好武城
11 大村 純伊 信濃守 峻徳院
日睿
明翁純哲
純治?
孫太郎
純治男 1471-1537 1537(79)
大村今富城
1507失領
1513回復
12 大村 純前 丹後守 高徳院
日空
宝山宗珍
純伊二男 1537-50 1551 有馬尚鑑女
13 大村 純忠 民部大輔 バルトロメウ
円通院
理仙日融
勝童丸
丹後守
有馬晴純二男
(純伊外孫)
1550-87 1587(55) マリヤ
(西郷純久女)
マダレイナ
(井上某の女)

1564大村三城
1583失領
1584回復
1587本領安堵
14 大村 喜前 従五位下
丹後守
顕性院
普潤日照
喜純
嘉前
新八郎
純忠長男 1587-1615 1616(48) 有馬義純女 1587確定
27,973石
1599大村
玖島城移転
15 大村 純頼 従五位下
民部大輔
涅槃院
覚翁日教
新八郎
民部
喜前長男 1615-19 1619(28) 大村頼直女
16 大村 純信 従五位下
丹後守
常照院
心月日秋
松千代 純頼長男 1620-50 1650(33)
(伊丹勝長女)
17 大村 純長 従五位下
因幡守
顕了院
忠岳勇翁
日長
権吉郎
権佐
伊丹勝長四男 1651-1706 1706(71) 都智
(大村政長女)

(有馬康純女)
18 大村 純尹 従五位下
筑後守
寛長院
徳山日広
源之助
数馬
純長二男 1706-12 1712(49)
(織田信久女)

1706分知
24,973石
1710還付
27,973石に復す
19 大村 純庸 従五位下
伊勢守
元通院
崇利了翁
日貞
蘭台
幾之助
伊織
純長四男 1712-27 1738(69) 諸星某の女
20 大村 純富 従五位下
河内守
慈光院
正慧英翁
日俒
八太郎 純庸二男 1727-48 1748(38) 恵津
(本多政武女)
21 大村 純保 従五位下
弾正少弼
高耀院
源明浄翁
日鏡
幾之助 純富長男 1748-60 1760(30)
(植村家敬女)
22 大村 純鎮 従五位下
信濃守
濬哲院
憲章徳翁
日新
新八郎 純保二男 1761-1803 1814(56)
(松平容頌養女)
23 大村 純昌 従五位下
丹後守
崇謙院
徳耀益翁
日譲
春之進
上総介
豊前守
純鎮長男 1803-36 1838(53) 律=民
(亀井矩賢女)
24 大村 純顕 丹後守 淡笑 伊織
民部
純昌四男 1836-46 1882(61)
(溝口直諒女)
勢以
(秋田肥季養女)
25 大村 純煕 大村藩知事 利純
丹後守
純昌八男 1846-71 1882(53) 嘉庸子
(片桐貞信女)

1871廃藩置県
養子・純雄
のとき伯爵


有馬家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
有馬 経澄 遠江権守 正行寺
台雲坐蓮
平姓原氏族? 13世紀初頭 高来郡有馬(肥前)
後代日野江に築城
有馬 朝澄 左衛門尉 袖海庵
徳翁妙性
五郎左衛門尉 経澄男
有馬 家澄 三郎兵衛尉 朝澄男
有馬 連澄 左衛門大夫 慈恩寺
蓮慧契寿
朝澄男 1274前-81後
有馬 貞澄 上総権介 正覚寺
平江宗治
直澄
左近将監
連澄男
有馬 澄世 左兵衛佐 祇樹院
大通宗統
彦八郎
次郎三郎
貞澄男 1349前-74後
有馬 満澄 宮内少輔 竹隠庵
性月宗観
澄世男
有馬 氏澄 肥前守 大通寺
真源宗貞
左近将監 満澄男 島津久豊女
有馬 貴純 肥前守 雲竜院
華山宗寿
貴澄
左近将監
氏澄男 1494前-?
高来郡一円
有馬 尚鑑 左衛門少尉 南昌院
天巌宗堯
純鑑 貴純長男
有馬 晴純 修理大夫 不受院
月叟宗雲
賢純
仙巌
南明軒
尚鑑長男 ?-1552 1566(89) 大村純伊女
有馬 義貞 修理大夫 アンデレ
方円寺
齢高宗朔
寿仙
義直
太郎
左近大夫
晴純長男 1552-70 1576(56) 安富得円女
マリナ
(波多盛女)
有馬 義純 修理大夫 丘雲院
山哲宗丹
太郎 義貞長男 1570-71 1571(22) マリヤ
(西郷純久女)
有馬 晴信 修理大夫 プロタジオ
ジョアン
鎮純
鎮貴
久貴
久賢
正純
十郎
左衛門大夫
義貞二男 1571-1612 1612(46) ルシア
(義純女)
ジュスタ
(中山親綱女)

1576高来一郡
1587本領安堵
日野江城
40,000石
有馬 直純 従五位下
左衛門佐
松円院
光山宗和
大吉 晴信長男 1612-41 1641(56)
(徳川家康養女
・本多忠政女)

1614延岡城
(日向)転封
53,000石


島原藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
〔松倉家〕
松倉 重政 豊後守 竜珠院
雪巌宗関
重正
九市郎
松倉重信長男 1616-30 1630(65?) 筒井正次女 1608二見五条(大和)
10,307石
1616日野江城(肥前)
43,000石
同年島原城に移転。
松倉 勝家 従五位下
長門守
劫外院
夕斎宗遠
重政長男 1631-38 1638(42) 片山与安女
1638改易
同年誅
〔高力家〕
高力 忠房 従五位下
摂津守
禅林院
傑岑道英
忠長
左近
左近大夫
高力正長長男 1638-55 1655(72) 真田信之女 1599岩槻城
(武蔵)襲封
20,000石
1619浜松城(遠江)
31,500石
1634加増
36,500石
1638島原城
40,000石
高力 高長 従五位下
左近大夫
守長
隆長
左近
忠房長男 1656-68 1676(72) 永井尚政女
1668改易
配流
〔松平(深溝)家(前)〕
松平 忠房 従四位下
主殿頭
興慶院
泰雲源通
五郎八
(致仕後)
大炊頭
松平忠利長男 1669-98 1700(82) 鍋島勝茂女 1649福知山城(丹波)
45,900石
1669島原城
65,900石
松平 忠雄 従四位下
主殿頭
瑞光院
徳運源恭
甚之允
阿波守
(致仕後)
大炊助
松平伊行二男 1698-1735 1736(64) 戸田忠昌養女
松平 忠俔 従五位下
主殿頭
玉竜院
潭水源澄
芳喬
忠長
図書
松平次章四男 1735-38 1738(32)
松平 忠刻 従五位下
主殿頭
喚竜院
是山源誰
貞栄
八十郎
主殿
松平勘敬二男 1738-49 1749(34) 土屋陳直女 奏者番
松平 忠祗 従五位下
主殿頭
吉十郎
(致仕後)
大炊助
忠刻長男 1749 1801(64) 堀田正亮女
1749宇都宮城(下野)
〔戸田家〕
戸田 忠盈 従五位下
能登守
勧善院
徳巌全行
忠辰
忠倚
慶次郎
日向守
(致仕後)
伊賀守
戸田忠余三男 1749-54 1781(52) 1746宇都宮城
襲封77,850石
1749島原城
戸田 忠寛 従五位下
因幡守
嘉十郎 戸田忠余五男 1754-74 1801(63) 本多忠珍女
1774宇都宮城
奏者番
〔松平(深溝)家(後)〕
松平 忠恕 従五位下
主殿頭
瑞応院
麒岳源麟
八十之助
将監
大和守
飛騨守
松平忠刻二男
忠祗養子
1774-92 1792(53) 真田信安女 1762宇都宮城
襲封
65,900石
1774島原城
松平 忠馮 従五位下
主殿頭
麗商院
緝敏源煕
秀太郎
又八郎
主計頭
忠恕六男 1792-1819 1819(49) 井伊直幸女
松平 忠侯 従五位下
主殿頭
徳巌院
有道源純
秀太郎
又八郎
摂津守
忠馮四男 1819-40 1840(42)
(井伊直中女)

(阿部正精女)
松平 忠誠 従五位下
主殿頭
隆克院
道寛源弘
勝次郎
縫殿
又八郎
忠侯二男 1840-47 1847(24) 太田資始女
松平 忠精 従五位下
主殿頭
潤徳院
弘道源忠
小美
岩松丸
忠侯四男 1847-59 1859(28) 酒井忠器女
正子
(伊達宗紀女)
松平 忠淳 従五位下
主殿頭
慈篤院
大機源昌
主馬 伊達宗紀五男 1859-60 1860(19)
松平 忠愛 従五位下
主殿頭
敬雲院
光潤源温
忠吉
松平忠雅長男 1860-62 1862(18)
松平 忠和 島原藩知事 余六麿 徳川斉昭十六男 1862-71 1917(67) 錦子
(酒井忠発女)
文子
(藪実方女)

1871廃藩置県
子爵


諫早邑主 諫早家(肥前佐賀藩領内)

竜造寺家晴(竜造寺鑑兼長男。1587肥前諫早城主、53,000石)−諫早直孝(上知により26,200石)−茂敬−茂真−茂門(城を破却)⇒茂元⇒茂晴−茂行(失脚)−行孝(16,200石)⇒茂成(26,200石に復する)⇒茂図−敬輝(廃嫡)−茂洪−茂喬⇒茂孫⇒武春(早世)⇒一学(甥・家崇のとき男爵)



(2004.2.16up)


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