鹿児島県(薩隅)の主要大名


   鹿児島県の地域は古くは日向国に属していましたが、701年に薩摩国と多褹国、713年に大隅国が成立し、824年に多褹国が大隅国に併合されました。『延喜式』では薩摩が13郡、大隅が8郡。平安朝末までに摂家(近衛家)を領家とする島津荘(一円荘および寄郡)が大隅の大部分と薩摩の相当部分を占めました。鎌倉期に入ると島津家が薩摩・大隅の守護になりますが、のち大隅は北条一族が守護を務めました。1336年に島津家が両国の守護職に復活し、室町期に守護領国制を形成しますが、1432年以後は国人層の反乱が相次ぎ、動乱の時代になりました。薩摩に入来院・菱刈・島津薩州・島津相州・伊作など、大隅に肝付・禰寝などの諸豪族が分立。戦国末期には相州家から出た島津貴久が宗家の家督を継承、義久が1577年までに両国を統一、豊臣政権より薩摩・大隅と日向諸県郡とを所領として認められました。1609年、琉球王国征服後、大島・徳之島・永良部島・与論島を大隅国に編入します。江戸期には島津家が薩摩藩(=鹿児島藩)として領国支配を行い、領内は百余の外城が置かれて地方行政の中心となり、一門・旧戦国領主など二十余家が主要な外城に分封されていました。1871年の廃藩置県により鹿児島県と都城県とに分かれ、1873年に都城県が美々津県と合併して宮崎県となります。1876年に鹿児島県が宮崎県を合併、1883年に再び宮崎県が置かれ、鹿児島県の県域が確定しました。

 島津家=薩摩・大隅守護→薩摩藩   島津(薩州)家   重富外城主島津家   加治木外城主島津家   垂水外城主島津家   今和泉外城主島津家   日置外城主島津家   宮之城外城主島津家   肝付家   禰寝家→小松家   菱刈家   入来院家   種子島家


島津家=薩摩・大隅守護 → 薩摩藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
 1 島津 忠久 従五位下
豊後守
得仏 三郎
左兵衛少尉
左衛門尉
大夫判官
惟宗広言男 ?-1227 1227(49) 畠山重忠女 島津荘(薩摩) 1197-1203
薩摩・大隅・
日向守護
1203-05
薩摩守護
 2 島津 忠時 大隅守 道仏仲阿 忠義
左兵衛尉
三郎左衛門尉
修理亮
忠久長男 1227-65 1272(71) 伊達某の女 薩摩守護
 3 島津 久経 下野守 道忍仁阿 久時
修理亮
忠時二男 1265-81 1284(60) 相馬胤綱女 薩摩守護
 4 島津 忠宗 上総介 道義義阿 三郎左衛門尉
下野守
久経長男 1281-1318 1325(75) 三池道智女 薩摩守護
 5 島津 貞久 上総介 道鑑道阿 三郎左衛門尉 忠宗長男 1318-63 1363(95) 大友親時女 薩摩・大隅守護
1333-38の
間、二度
日向守護
島津 師久 従五位下
上総介
称名寺
定山道貞
生駒丸
三郎左衛門尉
大夫判官
貞久三男 (1363-66) 1376(52) 1363
碇山(薩摩)
(分割継承)
薩摩守護
島津 伊久 上総介 久哲道観 大夫判官
九花斉
師久長男 (1366-93) 1407(61)
1390
元久に譲位
薩摩守護
(島津奥州家)
 6 島津 氏久 陸奥守 即心院
齢岳玄久
又三郎
三郎左衛門尉
修理亮
越後守
貞久四男 1363-87 1387(60) 伊集院忠国女
佐多忠光女
1363
志布志(大隅)
(分割継承)
大隅守護
1375前後
一時日向守護
 7 島津 元久 陸奥守 福昌寺
恕翁玄忠
又三郎 氏久長男 1387-1411 1411(58) 伊集院某の女
1390以後
鹿児島(薩摩)
大隅守護
1391-日向守護
1393-薩摩守護
 8 島津 久豊 陸奥守 恵灯院
義天存忠
次郎三郎
修理亮
氏久二男 1411-25 1425(51) 伊東祐安女 薩摩・大隅・
日向守護
 9 島津 忠国 陸奥守 深固院
大岳玄誉
貴久
虎寿丸
又三郎
修理大夫
久豊長男 1425-70 1470(68) 新納忠臣女 薩摩・大隅・
日向守護
10 島津 立久 陸奥守 竜雲寺
節山玄忠
安房丸
又三郎
修理亮
忠国二男 1470-74 1474(43) 梶原弘純女 薩摩・大隅・
日向守護
11 島津 忠昌 陸奥守 興国寺
円室源鑑
武久
又三郎
修理進
立久長男 1474-1508 1508(46) 大友政親女 薩摩・大隅・
日向守護
12 島津 忠治 又三郎 蘭窓津友 安房丸 忠昌長男 1508-15 1515(27) 伊東尹祐女 薩摩・大隅・
日向守護
13 島津 忠隆 又六郎 興岳隆盛 百房丸 忠昌二男 1515-19 1519(23) 薩摩・大隅・
日向守護
14 島津 勝久 陸奥守 大翁妙蓮 忠兼
宮房丸
又八郎
八郎左衛門尉
修理大夫
忠昌三男 1519-26 1573(71) 島津忠興女
1526
貴久に譲位
薩摩・大隅・
日向守護
(島津相州家)
島津 友久 相模守 常珠寺
天勇
又七郎
右馬頭
忠国長男 1493 田布施城(薩摩) (庶子家)
島津 運久 相模守 一瓢斎
道誉
忠幸
三郎左衛門尉
友久長男 常盤
(新納是久女)
島津 忠良 相模守 日新斎
梅岳寺
梅岳常潤
菊三郎
三郎左衛門尉
愚谷
伊作善久
(運久従弟)
の男
1568(77) 島津成久女
15 島津 貴久 従五位下
陸奥守
南林寺
大中良等
伯囿
虎寿丸
又三郎
三郎左衛門尉
修理大夫
忠良長男 1526-66 1571(58) 入来院重聡女
後、伊作城
(薩摩)
1545伊集院城
(薩摩)
1550鹿児島城
薩摩・大隅・
日向守護
16 島津 義久 従四位下
修理大夫
妙谷寺
貫明存忠
竜伯
忠良
義辰
虎寿丸
又三郎
三郎左衛門尉
三位法印
貴久長男 1566-1602 1611(79) 種子島時堯女
1587本領安堵
薩摩・大隅一円
・日向諸県郡
550,000石
1595富隈城
(大隅)
島津 義弘
(歴代に含め
る場合あり)
従四位下
参議
兵庫頭
妙円寺
松齢自貞
惟新
忠平
義珍
又四郎
貴久二男 実質的に
義久と並立
して統治
1619(85) 広瀬助宗女 (守護代)
17 島津 家久 従三位
中納言
大隅守
慈眼院
花心琴月
忠恒
米菊丸
又八郎
陸奥守
薩摩守
義弘三男 1602-38 1638(63) 亀寿(義久女)
島津忠清女
1595鹿児島城
605,607石
1609琉球を加え
728,700石
(後世公称
770,800石)
1617以後
歴代公称
松平姓
18 島津 光久 従四位上
左中将
大隅守
寛陽院
泰雲慈温
忠元
虎寿丸
又三郎
薩摩守
家久二男 1638-87 1694(79) 伊勢貞豊女
平松時庸女
島津 綱久 従四位下
侍従
薩摩守
泰清院
関山良無
久平
虎寿丸
又三郎
光久長男 (早世) 1673(42) 松平定頼女
19 島津 綱貴 従四位上
左中将
薩摩守
大玄院
昌道元新
延久
虎寿丸
又三郎
修理大夫
綱久長男 1687-1704 1704(55)
(松平信平女)

(上杉綱憲養女)
20 島津 吉貴 正四位下
左中将
薩摩守
浄国院
鑑阿天清
道煕
忠竹
菊三郎
又三郎
修理大夫
(致仕後)
上総介
綱貴長男 1704-21 1747(73)
(松平定重女)
21 島津 継豊 従四位上
左中将
大隅守
宥邦院
円鑑亨盈
忠休
鍋三郎
又三郎
吉貴長男 1721-46 1760(60)
(毛利吉元女)

(徳川綱吉養女)
22 島津 宗信 従四位上
左中将
薩摩守
慈徳院
俊巌良英
忠顕
益之助
又三郎
継豊長男 1746-49 1749(22)
23 島津 重年 従四位下
左少将
薩摩守
円徳院
覚満良義
久門
善次郎
兵庫
継豊二男 1749-55 1755(27) 都美
(島津貴儔女)

(島津久尚女)
24 島津 重豪 従四位上
左中将
薩摩守
(致仕後)
従三位
大信院
栄翁如証
久方
忠洪
善次郎
又三郎
(致仕後)
上総介
重年長男 1755-87 1833(89)
(一橋宗尹女)

(甘露寺矩長女)
25 島津 斉宣 従四位上
左中将
修理大夫
(致仕後)
正四位上
大慈院
舜翁渓山
忠堯
虎寿丸
又三郎
豊後守
重豪長男 1787-1816 1841(69)
(佐竹義敦女)

(丹羽長貴女)
26 島津 斉興 正四位上
参議
大隅守
(致仕後)
従三位
金剛定院
明覚亮忍
忠温
憲之助
虎寿丸
又三郎
豊後守
斉宣長男 1816-51 1859(69) 周子
(松平治道女)
27 島津 斉彬 従四位上
左中将
薩摩守
贈従一位・
権中納言
順聖院
英徳良雄
忠方
邦丸
又三郎
修理大夫
惟敬
麟洲
斉興長男 1851-58 1858(50) 英子
(一橋斉敦女)
28 島津 忠義 鹿児島藩知事 忠徳
茂久
壮之助
又次郎
修理大夫
大隅守
島津久光
(斉興二男)
長男
1858-71 1897(58) 暐(斉彬女)
寧(斉彬女)
棲子
(板倉勝達女)

1871廃藩置県
1868島津
姓に復す
公爵
貴族院議員


島津(薩州)家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
島津 用久 薩摩守 竜光寺
松夫存公
好久
持久
島津久豊二男 1459(59) 出水城(薩摩)
島津 国久 薩摩守 保泉寺
桂林
三郎太郎 用久男 1498(58)
島津 成久 薩摩守 洞亀寺
天倫才賢
重久
忠貞
三郎太郎
国久男 1536(73)
島津 忠興 薩摩守 長松寺
隆岳
三郎太郎 成久男 1525(40)
島津 実久 薩摩守 源久寺
昌岳
久意
八郎左衛門尉
忠興男 1525-53 1553(42)
加世田城(薩摩)
島津 義虎 薩摩守 大通寺
大通玄広
晴久
陽久
義利
義俊
千代
三郎太郎
八郎左衛門尉
実久男 1553-85 1585(42) 出水城
31,905石
島津宗家家臣
島津 忠辰 薩摩守 通津宗安 忠永
又太郎
和泉
義虎男 1585-92 1610(60)
1592改易
島津宗家家臣


重富外城主 島津家(薩摩藩領内)

島津忠綱(島津忠久二男。鎌倉中期。越前住)−(12代)−忠長(1534没、中絶)‥‥忠紀(島津吉貴四男、再興。1737薩摩重富14,000余石)−忠救−忠寛⇒忠公⇒久光−珍彦(貴族院議員。男爵)


加治木外城主 島津家(薩摩藩領内)

島津忠朗(島津家久三男。1625薩摩加治木17,000余石。後代19,000石)−久薫⇒久秊−久連⇒久秊(再承)⇒久門(薩摩藩主島津重年)−久方(薩摩藩主島津重豪)⇒久徴−久照⇒久徳−久長−久宝(養子・久賢のとき男爵)


垂水外城主 島津家(薩摩藩領内)

島津忠将(島津忠良二男。1548大隅清水城)−以久(日向佐土原藩主。大隅垂水を兼領)−彰久(早世)−久信(1610垂水18,000余石)−久敏⇒忠紀(従五位下・玄蕃頭)−久治⇒忠直⇒貴儔⇒貴澄⇒貴品−貴柄−貴典−貴敦(孫・貴暢のとき男爵)


今和泉外城主 島津家(薩摩藩領内)

島津忠氏(島津忠宗二男。鎌倉末期。薩摩出水領)−忠直−忠儀−久親−直久(1417中絶)‥‥忠卿(島津吉貴七男、再興。1744薩摩揖宿郡内10,000余石。後代13,000余石)⇒忠温⇒忠厚−忠喬⇒忠剛−忠冬⇒忠敬(孫・隼彦のとき男爵)


日置外城主 島津家(薩摩藩領内)

島津歳久(島津貴久三男。1580薩摩宮之城領。1592謀反誅殺、中絶)⇒忠隣−常久(再興。1595薩摩日置6,000余石。後代9,000余石)−久慶⇒忠朝−忠竹−久健−久林−久甫−久暢−久知−久風−久徴−久明(照国神社宮司。男爵)


宮之城外城主 島津家(薩摩藩領内)

島津尚久(島津忠良三男)−忠長(1588薩摩東郷7,000余石、1600薩摩宮之城13,000余石。後代15,000余石)−久元−久通−久竹−久洪⇒久方−久倫⇒久亮⇒久濃⇒久郷−久儔−久中⇒久宝⇒久治(息子・長丸のとき男爵)


肝付家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
肝付 兼俊 大隅守 太郎
新大夫
伴兼貞長男 11世紀後半 高山城
(大隅)
肝付 兼経 河内守 金剛丸 兼俊長男 萩原兼遠女
肝付 兼益 弾正大夫 又八郎
又太郎
兼経長男
肝付 兼員 河内守 阿仏 兼貞 兼益長男 ?-1265?
肝付 兼石 河内守 玄石 兼在
又太郎
兼員長男 ?-1283
肝付 兼藤 周防守 尊阿 弥太郎 兼石長男 1283-1323 1323
肝付 兼尚 河内守 尊光 金童丸
五郎太郎
六郎三郎
兵部少輔
兵庫介
兼藤二男 1323-?
三俣 兼重 周防守 左衛門尉 兼藤三男 (番代?)
肝付 秋兼 周防守 竜微 顕兼 兼重長男 ?-1357 1357
肝付 兼氏 河内守 昌林竜久 大膳大夫 秋兼長男 1357-1402 1402
肝付 兼元 河内守 天叟竜儀 又八郎 兼氏二男 1402-49 1449 新納忠臣女
肝付 兼忠 三河守 義翁兼忠 三郎四郎
加治木弾正
河内守
兼元長男 1449-? 1484(79)
肝付 兼連 周防守 嶺南忠能 七郎三郎 兼忠三男 1471 島津立久養女
肝付 兼久 河内守 昌山兼久 兼信
金童丸
三郎四郎
周防守
兼連長男 ?-1523 1523(51)
肝付 兼興 河内守 義雲幸恵 又八郎
兵部少輔
兼久長男 1523-33 1533(42) 島津久盈女
肝付 兼続 河内守 好善院
月浦省釣
三郎 兼興長男 1533-53 1566(56) 南(島津忠良女) 1562-66志布志
(薩摩)に居城
肝付 良兼 河内守 吉兼
三郎
左馬頭
兼続長男 1553-71 1571(32) 伊東義祐女
肝付 兼亮 満寿丸 兼続三男 (番代?) 1575?
肝付 兼護 左馬助 月峯宗心 兼道
兼譲
与市
兼続四男 1571-1600 1600(40)
1580阿多(薩摩)
10,000石
1575〜
島津家臣
子孫は100石


禰寝家 → 小松家(江戸期には薩摩藩領内)

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
禰寝 清重 次郎 行西
西阿
七郎 建部氏一族 ?-1217 1223 禰寝院南俣
(大隅)
禰寝 清忠 右近大夫 浄光 次郎 清重長男 1217-21 1220
禰寝 清綱 弥次郎 了本 房丸 清重三男 1221-59/60 1272
禰寝 清親 大夫丞 行恵 厩房丸
弥次郎
清綱長男 1259/60-1301 1305
禰寝 清治 孫次大夫 住恵 房丸
孫三郎
清親長男 1301-14 1314 富田城(大隅)
禰寝 清保 次郎三郎 行智 清治二男 1314-27 1327
禰寝 清成 大和守 宝鏡淳珍 刀寿丸
彦次郎
孫次郎
清保長男 1327-53 1353
禰寝 清有 右馬助 無三清有 辰王丸
孫次郎
備前房
清保二男 1353-72 1372
禰寝 久清 右馬助 遠山成久 成久
犬房丸
七房丸
孫次郎
清有長男 1372-83 1383
禰寝 清平 山城守 明山安清 鬼房丸
孫次郎
左馬助
久清長男 1383-1417 1417
禰寝 元清 右馬助 清伝 忠清
犬房丸
孫次郎
清平長男 1417-19 1419 野久尾直清女
禰寝 重清 山城守 宝屋清珍 毘沙房丸
孫太郎
茂清
清平二男 1419-80 1483
禰寝 尊重 山城守 甘心一味 忠清
隆重
堯重
又五郎
左兵衛尉
大和守
重清五男 1480-1507 1547 肝付兼連女
禰寝 重就 式部大輔 州山成益 尊重長男 1507-34 1534
禰寝 清年 式部少輔 光巌了清 重就長男 1534-64 1564
禰寝 重長 右近大夫 月窓成円 右京 清年長男 1564-80 1580(45) 弥(肝付兼興女) 1573〜
島津家臣
禰寝 重張 安芸守 竜雲存白 重虎
菊千代丸
七郎
右近大夫
重長長男 1580-1629 1629(64) 島津家久女
1595吉利
(薩摩)
3,000余石
禰寝重政(重張の男。以後、代々島津家一所持として吉利を領知)⇒福寿丸⇒重永−清雄⇒清純−清方⇒小松清香(改姓。2,600余石)⇒安千代⇒清行−清穆−清猷⇒清廉(従四位・外国官副知事)−清直(息子・帯刀のとき伯爵)


菱刈家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
菱刈 重妙 三郎房 進士判官 藤原隆重男 菱刈院菱刈郷(大隅)
菱刈 重実 太郎次郎 左兵衛佐 重能男
菱刈 宗重 彦太郎 太郎 重実男
菱刈 隆春 孫三郎 宗重男
菱刈 重信 彦太郎 隆春男
菱刈 篤隆 彦太郎 篤重 重信男 1337前後
菱刈太良城
菱刈 久隆 式部少輔 安芸守 篤隆男
菱刈 元隆 三河守 又太郎 久隆男 1406前後
菱刈 氏重 民部大輔 隆通? 元隆男
菱刈 忠氏 三河守 孫太郎
民部大輔
隆通男
菱刈 重時 左兵衛佐 忠氏男
菱刈 重副 大和守 太郎 重時男
菱刈 重州 相模守 天岩道祐 右兵衛佐 重副男
菱刈 重猛 大和守 舜山道堯 孫三郎 重州男 1557前後
菱刈 重広 民部少輔 鶴千代丸
孫三郎
半右衛門尉
重猛男 1569前-1600後
伊集院神殿村(薩摩)
1569〜島津家臣
子孫は308石


入来院家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
入来院 定心 清色五郎禅師 寿昌寺
定心
曽司 渋谷光重五男 1248-53 入来院清色城
(薩摩)
入来院 明重 三郎 峯恩寺
善心
定心二男 1253-65
入来院 公重 平次 鑑久静円 明重長男 1265-?
入来院 重基 新平次 定円 童丸 公重二男 1333前後
入来院 重勝 美濃守 妙雄 平次五郎 入来院重知
(明重孫)の男
1351前後
入来院 重門 弾正少弼 心門定珍 虎松丸
石見権守
能登守
重勝二男 ?-1371 1372
入来院 重頼 弾正少弼 天福寺
松山義秀
虎五郎丸 重門長男 1371-1406 1429
入来院 重長 弾正少弼 登九定重 菊五郎 重頼長男 1406-23 1456
入来院 重茂 出羽守 初五郎 重長長男 1423-41
入来院 重豊 弾正少弼 以心 菊五郎
下野守
重茂長男 1441-90 1501
入来院 重聡 加賀守 陽中定祐 千代五郎
又五郎
弾正少弼
重豊長男 1490-1539?
入来院 重朝 石見守 又五郎 重聡長男 1539?-44後
入来院 重嗣 加賀守 又五郎 重朝長男 1546前-69後 島津家臣
入来院 重豊 弾正少弼 千代五郎
又五郎
重嗣長男 1574前-83 1583
入来院 重時 又六 寿昌寺
雲庵定暁
鎌三郎 島津以久二男 1583-1600 1600(28)
1595湯之尾(大隅)
入来院 重高 伯耆守 蓮昌寺
大円月鑑
忠富
久秀
重国
弥一郎
石見守
島津義虎五男 1600-47 1647(69)
1618入来
入来院重頼(重高孫)以後、島津家一所持として入来3,999石を領して存続。


種子島家(江戸期には種子島外城邑主/薩摩藩領内)

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
肥後 時基 中務左衛門尉 道円 肥後真時男? 1352 種子島(大隅)
種子島 時充 左近将監 春林時栄 時基長男 1396 野辺盛忠女
種子島 頼時 対馬守 清連 左衛門尉
蔵人頭
時充長男 1366
種子島 清時 左近将監 長叟自久 頼時長男 1395?-1427 1427(66)
種子島 時長 播磨守 秀山 三郎二郎 清時二男 1427-36 1436(36)
種子島 幡時 左近将監 天融清幡 幡氏 清時三男 1436-62 1462(58)
種子島 時氏 左近将監 金山院
日翁大徳
三郎二郎 幡時長男 1462-1504 1504(58) 禰寝重清女
種子島 忠時 武蔵守 蓮松院
日慈
三郎五郎
左兵衛尉
時氏長男 1504-36 1536(69) 蒲生宣清女
赤尾木に居城
種子島 恵時 加賀守 連住院
日善
意釣
左兵衛尉
武蔵守
忠時二男 1536-43 1567(65) 島津忠興女 1538〜
島津家臣
種子島 時堯 従五位下
左近将監
法性院
日勝
可釣
直時
犬楠丸
左兵衛尉
弾正忠
恵時長男 1543-60 1579(52) 西(島津忠良女)
禰寝尊重女
種子島 時次 左兵衛尉 要法院
日要
時堯長男 1560-62 1562(7)
種子島 久時 左近大夫 世尊院
日恕
一琢
克時
三郎二郎
蔵人
時堯二男 1562-1611 1611(44) 島津朝久女
1595知覧(薩摩)
1599種子島
に復帰
11,000余石
種子島忠時(久時の男。以後、代々島津家一所持として種子島を領知)−久時−久基−久達−久芳−久照−久道−久珍−久尚(息子・守時のとき男爵)


(2004.01.04up/2008.10.05enlarge)


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