愛媛県(伊予)の主要大名


   愛媛県は古く、伊余・久味・小市・怒麻・風速などの国造が置かれていましたが、大化の改新の際に統合されて伊予国となりました。『延喜式』では14郡。935~941年には藤原純友が海賊団を率いて朝廷に反乱を起こし、一時は瀬戸内一帯を制圧しますが、討滅されました。平安朝期の荘園は宇和荘(西園寺家)など。鎌倉期の守護は初期に佐々木家、のち宇都宮家。南北朝期には足利方の河野家と南朝方の忽那・土居・得能の諸家が抗争、室町期になって河野家が守護職を世襲しました。戦国期には河野家が北・中部を領有し、越智郡に村上一族、喜多郡に宇都宮家、宇和郡に西園寺家などが分立しました。1585年に四国を平定した豊臣秀吉は、はじめ伊予に小早川隆景を封じましたが、のちには中小大名に分与しました。江戸初期には加藤嘉明と藤堂高虎とが伊予を二分して領知しますが、のちに再度中小大名領に分割されました。江戸中期以降は西条藩(松平家)、小松藩(一柳家)、松山藩(久松松平家)、今治藩(同・庶流)、大洲藩(加藤家)、宇和島藩(伊達家)やその支藩が存在しました。1871年の廃藩置県により松山県と宇和島県とが成立、翌年にそれぞれ石鉄県、神山県と改称、1873年には再統合して愛媛県となり、1876年に香川県を合併、1888年には再び香川県を分置したので、旧伊予国が愛媛県の領域として確定しました。

 伊予守護職   河野家   村上(能島)家   来島家   西園寺家   宇都宮家   石川家   安国寺恵瓊領   今治藩   大洲藩   新谷藩=加藤家   松山藩   宇和島藩   吉田藩=伊達家   西条藩   小松藩 


伊予守護職(室町時代)

氏名 官位/仮名 法名/号 在任期間 備考
河野 通盛 対馬守 善恵 1336-38?
岩松 頼有 禅師 1338?-41?
細川 頼春 刑部大輔 1341?-51?
河野 通盛 対馬守 善恵 1351?-54
細川 頼之 右馬助・右馬頭・武蔵守 1354-79
河野 通堯(通直) 讃岐守・刑部大輔 1365-79(南朝方)、1379(幕府方)
河野 通能(通義) 亀王丸・刑部大輔・伊予守 1380-94
河野 通之 六郎・対馬守 道宗 1394-1409
河野 通久 刑部大輔 1409?-35
河野 教通 犬王丸・九郎・刑部大輔 1435-44
河野 通春 伊予守 1449
河野 教通 刑部大輔 1450-53
河野 通春 伊予守 1453-55
細川 勝元 右京大夫 1455-?
河野 通春 伊予守 1458-59
細川 賢氏 伊予守 1465-?
河野 教通(通直) 刑部大輔 道治・道基 1473-77
(以後は河野家を参照)   


河野家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考
河野 通清 伊予権介 四郎
新大夫
越智親清男 ?-1181 1181 沼田次郎女 風早郡河野郷(伊予)
河野 通信 四郎 東禅寺
西念観光
若松丸 通清長男 1181-1221 1223(68) 北条時政女
1221配流
河野 通久 九郎左衛門尉 敬蓮 通信五男 1221-? 1221富田荘(阿波)
1223石井郷(伊予)
河野 通継 上野介 護持院 弥九郎
蔵人
通信六男 1289 井門長義女
河野 通有 対馬守 長福寺
天心紹普
六郎
弥九郎
蔵人
通継長男 ?-1311 1311(62) 通久女
1281風早・温泉郡等
旧領回復および拡大
河野 通盛 伊予守 善応寺
日照恵公
(善恵)
通治
九郎左衛門
対馬守
通有七男 1311-63 1364 湯築城(伊予)を築く 1336-38?、51?-54
伊予守護
河野 通朝 遠江守 大通寺
光山道恵
毘沙丸
対馬六郎
通盛長男 1363-64 1364 1364失領
河野 通堯 刑部大輔 浄居庵
桂峰道正
通直
徳王丸
六郎
讃岐守
通朝長男 1365-79 1379(34) 1368回復
湯築城
1365-79(南朝方)
1379(幕府方)
伊予守護
河野 通義 刑部大輔 温玉院
梅岩道香
通能
亀王丸
九郎
伊予守
通堯長男 1380-94 1394(25) 伊予守護
河野 通之 対馬守 道宗 鬼王丸
六郎
通堯二男 1394-1409 伊予守護
河野 通久 刑部大輔 瑞雲院
春峰道三
持通
犬王丸
四郎
通義長男 1409-35 1435(42) 伊予守護
河野 教通 刑部大輔 後善応院
洪山道基
道治
通直
犬正丸
九郎
通久長男 1435-1500 1500 1435-44、1450-53
1473-77、1479-98
伊予守護
河野 通宣 刑部大輔 天徳院
天臨宗感
六郎 教通長男 1500-19 1519 伊予守護
河野 通直 弾正少弼 竜穏寺
海岸希清
太郎
刑部大輔
通宣長男 1519-42 1572 伊予守護
河野 晴通 六郎 法雲寺
天質宗性
通政 通存男 1542-43 1543 伊予守護
河野 通宣 左京大夫 日勢院
洞月良恵
通賢
宗三郎
四郎
伊予守
通存男 1543-81 1581 1543-73
伊予守護
河野 通直 兵部少輔 長生寺
月渓園公
牛福丸
四郎
伊予守
河野通吉
(通久曽孫)
の男
1581-85 1587
1585失領

   【河野予州家】
河野 通之 対馬守 道宗 鬼王丸
六郎
通堯二男 1409-? 1409宗家家督を
通久に譲り別家
河野 通元 民部大輔 通之男
河野 通春 伊予守 通元男 ?-1482 1482 1449、1453-55
1458-59、1477-79
伊予守護
河野 通篤 伊予守 通春男
河野 通存 六郎 通篤男 ?-1542
1542長男・晴通が
宗家を継承して統合


村上(能島)家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
村上 定国 村上顕清
(信濃源氏)
の男
12C末? 瀬戸内近傍(伊予ほか)
村上 清長 定国男
(途中諸説)
村上 義弘 清長裔 1374
村上 師清 山城守 式部大輔 信濃村上家
某の男
(北畠顕家男
との説あり)
1399
村上 義胤 山城守 少輔太郎 師清男
村上 義顕 山城守 少輔太郎 義胤長男 1458(73) 能島(伊予)
村上 雅房 山城守 少輔太郎
掃部頭
義顕男 1515(85)
村上 隆勝 山城守 大竜寺
智山栄大
少輔太郎
宮内少輔
雅房男 1527(51)
村上 義雅 隆勝長男 (早世)
村上 義益 宮内少輔 義雅長男
村上 武吉 従五位
大和守
大仙寺
覚甫元正
道祖次郎
少輔太郎
掃部頭
村上義忠
(隆勝二男)
長男
?-1582? 1604(72) 毛利家被官
村上 元吉 従五位下
掃部頭
相玄寺
実翁宗真
少輔太郎 武吉長男 1582?-1600 1600(48) 毛利家臣
村上元武(元吉長男)が関ヶ原の戦後、屋代(周防)に移され、長州毛利家寄組となり2,393石を知行して存続。


来島家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
村上 吉房 右衛門大夫 顕忠 村上義胤二男 1420頃 越智郡来島(伊予)
村上 吉元 治部進? 吉房男 1456頃
村上 康吉 吉元男
村上 通康 右衛門大夫 康吉男 1541前-67 1567
来島 通総 従五位下
出雲守
城慶寺
天叟常清
右衛門大夫 通康四男 1567-97 1597(36)
1585本領安堵
1595風早郡内(伊予)
14,000石
来島 長親 右衛門一 通親
康親
通総二男 1597-1600 1612(31)
1600関が原の戦で
石田方、改易
1601赦免
(豊後)再封


西園寺家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
西園寺 公良 西園寺実衡男 1366頃-? 宇和郡(伊予)
西園寺 公俊 権大納言 俊峰道英 公良男 ?-1379 1379
松葉城を築く
西園寺 実房 公俊男
西園寺 公利 実房男
西園寺 公季 公利男
西園寺 公家 公季男
西園寺 実充 従五位下
左少将
松葉 実清 公家長男 1556前-?
1556前 黒瀬城(伊予)
西園寺 公広 心月広雲 西園寺公宣
(公家二男)
二男
?-1585 1587
1585失領
1587被謀殺、滅亡


宇都宮家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
宇都宮 貞泰 従五位下
美濃守
蓮智 景泰
六郎
遠江守
武茂泰宗男 伊予国内 伊予守護?
宇都宮 時景 三河権守 貞宗
三郎
美濃守
貞泰男 1319前-31後 伊予守護
宇都宮 豊房 薩摩守 宇都宮頼房男 1369 大洲城(伊予)
宇都宮 宗泰 遠江守 貞泰男 1392
宇都宮 泰輔 式部大輔 宗泰男 1445
宇都宮 家綱 左衛門尉 泰輔男 1478
宇都宮 安綱 周防守 家綱男 1502
宇都宮 宣綱 左近蔵人 安綱男 1543
宇都宮 清綱 左近大夫 宣綱男 ?-1543 1543
宇都宮 豊綱 遠江守 清源寺
蓮翁華公
清綱男 1543-85前 1585(67)
1585以前に失領
1585客死


石川家

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
石川 信濃守 備中石川一族 15C中葉
石川 左衛門尉 信濃守同族? 伊予国内? 宇摩・新居郡守護代
石川 伊予守 虎之助 左衛門尉男 16C前半 1522高峠城(伊予) 宇摩・新居郡守護代
石川 通清 備中守 通昌?
虎千代
伊予守男 1584
石川 勝重 刑部 備中守? 通清男
石川 虎竹 四郎 勝重男 ?-1585
1585失領
消息未詳


安国寺恵瓊領

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 当主在位 没年(年齢) 所領/居所 備考
安国寺 恵瓊 一任斎
正慶
瑶甫
竹若丸 武田信重男? 1585-1600 1600 1585新封 和気郡内(伊予)
23,000石
1587加増
60,000石
1600関が原の戦で敗れ、
改易、斬首
毛利家年寄
を兼ねる


今治藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考

   〔福島家〕
福島 正則 従五位下
左衛門大夫
市松 福島正信男 1585-95 1624(64) 津田長義女 1585国分山城
(=今治旧城。伊予)
113,200石
1595清洲城(尾張)転封

   〔小川家〕
小川 祐忠 土佐守 佐平次
孫一郎
左近大夫
小川壱岐守男 1595-1600 1601 一柳直高女 小川城(近江)継承
1584大和国内?
1595国分山城
70,000石
1600関が原の戦で
去就不審、改易

   〔藤堂家〕
藤堂 高虎 従五位下
和泉守
与吉
与右衛門
佐渡守
藤堂虎高二男 1600-08 1630(75) 一色義直女
熊(長連久女)
1595板島城(伊予)
70,000石
1597加増
80,000石
1600国分山城
200,000石
1604今治城を築く
1608津城(伊勢)
および上野城(伊賀)
転封、今治は飛地
として引き続き領知
藤堂 高吉
(城代)
従五位下
宮内少輔
徳蓮院
徳翁寿栄
仙丸 丹羽長秀三男
高虎養子
1608-35 1670(92) 溝口宣勝女 1608今治城代
20,000石
1635伊勢国内転封
子孫は名張(伊賀)邑主
津藩・藤堂
家臣

   〔松平(久松)家〕
松平 定房 従四位下
侍従
美作守
実相院
憲誉安心
千徳丸
肥前守
(致仕後)
安心軒
松平定勝五男 1635-74 1676(73) 内藤政長女 1625新封
長島城(伊勢)
7,000石
1635今治城(伊予)
30,000石
1665加増
40,000石
大留守居
松平 定時 従五位下
美作守
嶺香院
実誉体安
恵相
長松
蔵人
靱負
靱負佐
玄蕃頭
定房二男 1674-76 1676(42)
松平 定陳 従五位下
駿河守
本智院
体誉性安
実恵
定真
岩松
定時二男 1676-1702 1702(36) せい
(溝口重雄女)
松平 定基 従五位下
采女正
本国院
天誉相覚
実仙
甘棠
岩松
美作守
(致仕後)
勘解由
将監
定陳長男 1702-32 1759(74)
(細川綱利養女)
松平 定郷 従五位下
筑後守
心光院
明誉普徧
常照
左膳 松平定昌
(定時三男)
六男
1732-63 1763(62)
(定基女)
松平 定温 従五位下
駿河守
瑞雲院
英誉泰岳
了雄
左膳
主水正
定郷長男
(定基外孫)
(早世) 1762(39) 輝子
(池田仲央女)
松平 定休 従五位下
河内守
竜徳院
賢誉利天
覚翁
定奉
吉十郎
内膳正
定温長男 1763-90 1820(69)
(松平定静女)
松平 定剛 従五位下
壱岐守
興徳院
仁誉聡達
統玄
千代松
吉十郎
定休長男 1790-1824 1843(73)
(土岐定経女)
松平 定芝 従五位下
采女正
謙徳院
盾山
安次郎
安之丞
吉十郎
若狭守
定剛長男 1824-37 1837(47)
(松平康任女)
松平 勝道 従五位下
駿河守
礼徳院 定保
洪五郎
若狭守
池田政行
(定休六男)
二男
1837-62 1866(54)
(定芝女)
奏者番
久松 定法 今治藩知事 勝吉
鬼勢治
内膳正
壱岐守
定芝三男 1862-71 1901(67)
(綾小路俊賢女)

1871廃藩置県
1868復称久松
養子・定弘
のとき子爵


大洲藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考

   〔戸田家〕
戸田 勝隆 駿河守 氏繁
氏知
政信
三郎四郎
民部少輔
出自未詳 1587-94 1594 1577までに新封
5,000石
後、加増
1587大津(=大洲)城(伊予)
100,000石
1594無嗣、絶家

   〔池田家〕
池田 秀氏 伊予守 高祐
孫二郎
池田秀雄男 1595-1600 寺町某の女 1587後 新封
宇摩・新居二郡内(伊予)
20,000石
1595大津城
1600関が原の戦で
石田方、改易

   〔脇坂家〕
脇坂 安治 従五位下
中務少輔
臨松院
平林安治
甚内 脇坂安明長男 1609-15 1626(73) 西洞院時政女 1585洲本城(淡路)
30,000石
1598加増
33,000石
1609大津城(伊予)
53,500石
脇坂 安元 従五位下
淡路守
甚太郎 安治二男 1615-17 1653(80) 石河光元女
1617飯田城(信濃)転封

   〔加藤家〕
加藤 貞泰 従五位下
左近大夫
大峯院
英叟玄雄
光長
作十郎
左衛門尉
加藤光泰長男 1617-23 1623(44) 小出吉政女 1610米子城(伯耆)
60,000石
1617大洲城
加藤 泰興 従五位下
出羽守
円明院
月窓常心
五郎八 貞泰長男 1623-74 1677(67)
(岡部長盛女)
伊勢
(戸沢政盛女)
加藤 泰義 従五位下
美作守
実相院
義山信公
亀之助
右馬助
泰興長男 (早世) 1668(40) 奈辺
(太田資宗女)
加藤 泰恒 従五位下
遠江守
英久院
傑山紹俊
乗軒
泰経
泰常
五郎八
泰義長男 1674-1715 1715(59) 左牟
(脇坂安政女)
以津
(酒井忠清女)
加藤 泰統 従五位下
出羽守
顕徳院
円恵紹明
真軒
巳之助
左門
隼人
泰恒二男 1715-27 1727(39)
(中川久通女)
加藤 泰温 従五位下
遠江守
大心院
泰叟玄高
千扇
泰古
泰見
隼人
泰統長男 1727-45 1745(30)
(土岐頼稔女)
加藤 泰衑 従五位下
左近将監
寛厚院
仁叟道儀
挙扇
亀之助
藤馬
出羽守
(致仕後)
上総介
加賀守
加藤泰都
(泰恒六男)
長男
1745-62 1784(57) 津礼
(泰温女)
加藤 泰武 従五位下
遠江守
広善院
穎鋒義俊
文岱
泰政
冨之助
泰温二男 1762-68 1768(24)
(酒井忠用女)
加藤 泰行 従五位下
出羽守
本源院
天性宗真
泰顕
泰英
滝口
作十郎
造酒之進
泰衑二男 1768-69 1769(17)
加藤 泰候 従五位下
遠江守
憲章院
篤翁惟恭
泰輝
辰千代
次郎四郎
泰衑四男 1769-87 1787(28) 多知
(藤堂高豊女)

(松平容頌養女)
加藤 泰済 従五位下
遠江守
文竜院
海岳巣雲
泰重
泰定
作内
泰候長男 1787-1826 1826(42) 百代
(松平定信女)
加藤 泰幹 従五位下
遠江守
濬良院
哲叟威儀
簡斎
泰仁
作十郎
泰済長男 1826-53 1853(41)
(前田利幹女)
加藤 泰祉 従四位下
出羽守
洪徳院
仁岳宗温
於菟三郎 泰幹長男 1853-64 1864(21)
(溝口直溥女)
加藤 泰秋 大洲藩知事
(廃藩後)
貴族院議員
康之進
遠江守
泰幹四男 1864-71 1926(81) 福子
(山内豊資養女
=徳大寺公純女)

1871廃藩置県
子爵


新谷藩=加藤家(大洲支藩)

 加藤直泰(従五位下・織部正。大洲藩主・加藤貞泰二男。1623内分により10,000石、1639伊予新谷)-泰觚(従五位下・出雲守)
-泰貫(従五位下・大蔵少輔)⇒泰広(従五位下・出雲守)-泰宦(従五位下・近江守)-泰賢(従五位下・出雲守)-泰儔
(出雲守)-泰理(従五位下・大蔵少輔)-泰令(新谷藩知事。1871廃藩、のち子爵)


松山藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考

   〔加藤家〕
加藤 嘉明 従四位下
侍従
左馬頭
茂勝
孫六
岸教明長男 1595-1627 1631(69) 堀部市右衛門女 1586新封 志智城(淡路)
15,000石
後、累増
1595松前城(伊予)
62,000石
後、加増
100,000石
1600加増
200,000石
1603松山城を築く
1627会津若松城
(陸奥)転封

   〔蒲生家〕
蒲生 忠知 従四位下
侍従
中務大輔
興聖院
華岳宗栄
鶴松丸 蒲生秀行二男 1627-34 1634(30) 内藤政長女 1626新封 上山城(出羽)
40,000石
1627兄・会津藩主
忠郷継嗣
松山城
240,000石
1634無嗣、絶家

   〔松平(久松)家〕
松平 定行 従四位下
侍従
隠岐守
真常院
道賢勝山
定重
千松
刑部
河内守
松平定勝二男 1635-58 1668(82) 島津家久養女
(=島津朝久女)
島津家久養女
(=伊集院忠棟女)
1607掛川城(遠江)
30,000石
1624父の継嗣
桑名城(伊勢)
110,000石
1635松山城
150,000石
松平 定頼 従四位下
隠岐守
乾光院
最巌阿尊
道英
千松
刑部
河内守
定行長男 1658-62 1662(56) 京極高広女
松平 定長 従四位下
隠岐守
天鏡院
寂応月照
端心
虎千代
兵庫
石見守
定頼二男 1662-74 1674(35) 小笠原長安女
京極高勝女
松平 定直 従四位下
侍従
隠岐守
大竜院
歓誉喜広
聞証
橘山
鍋之助
万之助
淡路守
松平定時
(定勝孫)
長男
1674-1720 1720(61) 稲葉正往女
松平 定英 従四位下
隠岐守
天楽院
泰誉尊勝
咸然
楽山
百助
刑部
主膳
飛騨守
定直三男 1720-33 1733(38)
(島津綱貴女)
松平 定喬 従四位下
侍従
隠岐守
顕徳院
順誉和光
慈歓
衡山
百助
山城守
定英長男 1733-63 1763(48)
(佐竹義峯女)
松平 定功 従五位下
隠岐守
光輝院
最誉恵尊
一円
南鶴
弁之丞
直次郎
定英二男 1763-65 1765(33)
(浅野宗恒女)
松平 定静 従四位下
侍従
隠岐守
岱岳院
絢誉観月
光円
千柳
源之助
監物
備中守
松平定章
(定直四男)
長男
1765-79 1779(51) 織田信方女
松平 定国 従四位下
左少将
隠岐守
瑞竜院
定誉戒雲
慧空
皐禽
豊丸
中務大輔
徳川宗武六男 1779-1804 1804(48)
(定喬女
=定静養女)
松平 定則 立丸 文楽院
礼誉興徳
義譲
寛山
定国二男 1804-09 1809(17)
松平 定通 従四位下
侍従
隠岐守
爽粛院
高誉博容
克倹
祝山
保丸
勝丸
三郎四郎
定国五男 1809-35 1835(32)
(徳川斉匡女)
松平 勝善 従四位下
左少将
隠岐守
隆聖院
仁誉忠穆
良温
定穀
勝之進
千松
島津斉宣十一男 1835-56 1856(40)
(酒井忠器女)

(酒井忠器女)
松平 勝成 左少将
隠岐守
定成
増之助
刑部大輔
式部大輔
松平頼恕五男 1856-67
松平 定昭 左少将
伊予守
式部大輔 藤堂高猷四男 1867-68
久松 勝成
(再承)
松山藩知事 1868-71 1912(81) 令君(定通女
=勝善養女)

(酒井忠学女)
1868復称久松
久松 定昭
(再承)
松山藩知事 1871 1872(28) 邦(勝善女
=勝成養女)

1871廃藩置県
養子・定謨
のとき伯爵


宇和島藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 配偶者 所領/居所 備考

   〔藤堂家〕
藤堂 高虎 従五位下
佐渡守
与吉
与右衛門
藤堂虎高二男 1595-1600 1630(75) 一色義直女
熊(長連久女)
1595新封
板島(=宇和島)城(伊予)
70,000石
1597加増
80,000石
1600加増されて
国分山城(伊予)に移転

   〔富田家〕
富田 信高 従四位下
信濃守
春翁宗作 知信
知勝
平九郎
富田信広長男 1607-13 1633 宇喜多安信女
宇喜多忠家女
大森左近女
1595安濃津城(伊勢)襲封
50,000石
1600加増
70,000石
1607板島城
120,000石
1613不正、改易

   〔伊達家〕
伊達 秀宗 従四位下
侍従
遠江守
等覚寺
義山常信
兵五郎 伊達政宗長男 1614-57 1658(68)
(井伊直政女)
1614新封 宇和島城
102,154石
伊達 宗利 従四位下
侍従
遠江守
天梁院
賢山紹徳
犬松
兵助
大膳大夫
秀宗三男 1657-93 1708('75)
(松平光長女)

1657分知
72,154石
伊達 宗贇 従四位下
侍従
遠江守
大玄院
天山紹光
基弘
宗昭
弁之助
主馬
紀伊守
伊達綱宗三男 1693-1711 1711(47) 三保
(宗利女)

1696高直し
100,402石
伊達 村年 従四位下
侍従
遠江守
泰雲院
宗山紹沢
宗貞
貞清
村昭
宗贇三男 1711-35 1735(31) 富子
(伊達吉村女)
伊達 村候 従四位下
左少将
遠江守
大隆寺
中山紹興
村房
村隆
政徳
政教
村年長男 1735-94 1794(70)
(鍋島宗茂女)
伊達 村寿 従四位下
左少将
遠江守
南昌院
寿山紹慎
兵五郎
大膳大夫
村候四男 1794-1824 1836(74) 順子
(伊達重村女)
伊達 宗紀 左少将
遠江守
春山 候正
宗正
扇松丸
大膳大夫
(致仕後)
伊予守
村寿長男 1824-44 1889(98)
(鍋島治茂女)
伊達 宗城 侍従
遠江守
(致仕後)
権中納言
大蔵卿
(廃藩後)
麝香間祗候
藍山 亀三郎
兵五郎
大膳大夫
(致仕後)
伊予守
議定
参議
民部卿
山口直勝
(村候孫)
二男
1844-58 1892(75)
(鍋島斉直女)
伊達 宗徳 宇和島藩知事 馨山 紀周
宗周
扇松丸
兵五郎
大膳大夫
遠江守
宗紀三男 1858-71 1905(76) 孝子
(毛利斉元女)
佳子
(佐竹義厚女)

1871廃藩置県
侯爵


吉田藩=伊達家(宇和島支藩)

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
伊達 宗純 従五位下
宮内少輔
大乗寺
鎮山宗護
長松
小次郎
伊達秀宗五男 1657-91 1708(73) 1657兄・宇和島藩主
宗利より分家
吉田(伊予)
30,000石
伊達 宗保 従五位下
能登守
法性院
知随禅縁
宗義
宗重
九十郎
主計
宗純長男 1691-93 1693(21)
伊達 村豊 従五位下
若狭守
大淵院
沢翁真竜
宗春
成任
金之助
左京亮
和泉守
伊達宗職
(秀宗七男)
二男
1693-1737 1737(56)
伊達 村信 従五位下
紀伊守
環中院
本融道玄
村冬
左京
刑部
村豊二男 1737-63 1765(46)
伊達 村賢 従五位下
能登守
大雲院
一蔭宗樹
武一郎
左京
和泉守
村信二男 1763-90 1790(50)
伊達 村芳 従五位下
宮内少輔
積善院
南岳徳翁
賢佐
直松
分三郎
伊織
若狭守
村賢二男 1790-1816 1820(43)
伊達 宗翰 従五位下
紀伊守
大法院
注巌宗義
駒次郎
左京
伊織
伊達村寿四男 1816-43 1845(50)
伊達 宗孝 若狭守
(廃藩後)
侍従
楽堂 鎬之輔
伊織
和泉守
山口直勝三男 1843-68 1899(79)
伊達 宗敬 吉田藩知事 鍗之助
若狭守
山口直信二男 1868-71 1876(26)
1871廃藩置県
息子・宗定
のとき子爵


西条藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考

   〔一柳家〕
一柳 直盛 従五位下
監物
多宝院
心空思斎
四郎右衛門 一柳直高二男
一柳直末継嗣
1636 1636(73) 1601神戸城(伊勢)
50,000石
1636西条城(伊予)
68,600石
一柳 直重 従五位下
丹後守
直指院
見叟宗性
入道(幼名) 直盛長男 1636-45 1645(48)
1636分知
30,000石
一柳 直興 従五位下
監物
醰粋院
循堂宗彠
左近 直重長男 1645-65 1702(79)
1665不行跡、改易

   〔松平(紀伊)家〕
松平 頼純 従四位下
左少将
左京大夫
源性院
顗空日純
久松丸 徳川頼宣三男 1670-1711 1711(71) 1668兄・紀伊藩主
徳川光貞より内分
50,000石
1670幕府より新封
西条(伊予)
30,000石
(紀伊藩より合力米継続)
松平 頼致 従四位下
左少将
左京大夫
義大夫
玄蕃頭
頼純四男 1711-16
(紀伊藩主継承
=徳川宗直)
1757(76)
松平 頼渡 従四位下
左少将
左京大夫
慧日院
道明日輝
頼安
万吉
左京
頼純七男 1716-38 1738(33)
松平 頼邑 従四位下
左少将
左京大夫
智性院
道仁日雅
久松
左京
頼渡長男 1738-53 1781(50)
松平 頼淳 従四位下
左少将
左京大夫
春千代
修理大夫
玄蕃頭
頼致
(=徳川宗直)
二男
1753-75 1789(62)
松平 頼謙 従四位下
左少将
左京大夫
寿徳院
慈元盈林
日忠
金十郎
式部大輔
玄蕃頭
(致仕後)
宮内大輔
徳川宗将六男 1775-95 1806(52)
松平 頼看 従四位下
侍従
左京大夫
広徳院
一道寿林
日盈
義郎
雅楽頭
頼謙長男 1795-97 1797(25)
松平 頼啓 従四位下
左少将
左京大夫
秀徳院
慈善法潤
日実
友三郎
(致仕後)
式部大輔
頼謙三男 1797-1832 1848(65)
松平 頼学 従四位上
左少将
左京大夫
智徳院
慈行謙光
日義
玉淵
為山
哲丸
大蔵大輔
(致仕後)
弾正大弼
頼啓長男 1832-62 1865(58)
松平 頼英 西条藩知事 勇之進
宮内大輔
左京大夫
頼学六男 1862-71 1905(63)
1871廃藩置県
子爵


小松藩

氏名 官位/仮名 法名/号 他の名 続柄 藩主在任 没年(年齢) 所領/居所 備考
一柳 直頼 蔵人 仏心寺
機岳宗活
鍋(幼名) 一柳直盛三男 1636-45 1645(44) 1636兄・西条藩主
直重より分家
小松(伊予)
10,000石
一柳 直治 従五位下
兵部少輔
大運軒
淵翁宗治
楠陵
主膳
山城守
右近将監
直頼長男 1645-1705 1716(73)
一柳 頼徳 従五位下
因幡守
喜楽軒
蝶庵祖覚
無為斎
観雲
直泰
直卿
弁次郎
内記
直治長男 1705-24 1724(59)
一柳 頼邦 従五位下
兵部少輔
甘節軒
円巌祖融
治達
新蔵
内蔵助
一柳治良
(直治二男)
長男
1724-44 1744(50)
一柳 頼寿 従五位下
美濃守
恒一軒
天遊英心
頼長
頼澄
民弥
主膳
山城守
(致仕後)
上総介
但馬守
頼邦三男 1744-79 1784(52)
一柳 頼欽 従五位下
兵部少輔
勇義軒
英山宗俊
頼恭
慶次郎
兵庫
美濃守
頼寿二男 1779-96 1796(44)
一柳 頼親 従五位下
美濃守
至楽軒
仁岳宗静
兵庫
因幡守
頼欽長男 1796-1832 1832(42)
一柳 頼紹 従五位下
小松藩知事
恭靖軒
大道義譲
庫次郎
兵部少輔
因幡守
村越成芳
(頼寿六男)
二男
1832-69 1869(48)
一柳 頼明 小松藩知事 絃次郎 頼紹三男 1869-71 1920(63)
1871廃藩置県
弟・紹念の
とき子爵



(2017.02.03up)


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